ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

大峠に備える民族

 

 夜明け前からうっすらと空が白んでくる時間帯にかけて、金星がひときわ明るく輝きます。自然と一つとなって生きていた日本人は、空に輝く金星を見て、夜が明けるのを告げる「明けの明星」と呼びました。

 

 夜は暗いものですが、恐ろしいほどに最も暗いのが、夜明け前の時間帯だそうです。日没から夜が始まり、どんどん暗くなって行き、闇が極まったときに夜が明けるのですね。

 

 神は、日常の生活の中で人々に御自身の御計画を知らせておられます。

 ノアの時代に、悪くなった世を水で滅ぼされた神は、次は火で滅ぼすと誓っておられます。世の滅びには、再生が伴っています。しかし、今度の世の滅びは、ノアの時代の再生とは異なります。地球の再生ではなく、全宇宙の再生です。すべては一旦壊されるのでしょう。

 

 仏教の言う「三千世界」は、人間を生かしている地球だけではなく、地球を取り巻く宇宙も霊界もひっくるめて再生された、新しい世界のことではないのかと思います。

 神道では、世の大洗濯の後の建て替えを言っています。それは、大峠(患難期)を通って弥勒の世(救われた者の世界)が来ることを言っているのです。

 

 日月神示では、大和魂の民に警告しています。

 「天地唸るぞ、でんぐり返るのざぞ、世界一度にゆするのざぞ。神はおどすのではないぞ、迫りて居るぞ。」(天つ巻第二十九帖)

 「地つちの軸(地軸)動くぞ。またたきの間に天地引っ繰り返る様な大騒動が出来るから、くどう気つけているのざ、さあという時になりてからでは間に合わんぞ、用意なされよ。」(磐戸(一八十)の巻第五帖。下つ巻第二十八帖)

 「人民の戦(いくさ)や天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思うていたら大きな間違いざぞ、戦や天災でラチあく様なチョロイことでないぞ、あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早う身魂磨いてこわいもの無いようになっておりてくれよ、肉体のこわさではないぞ、霊(たま)のこわさざぞ、霊の戦や禍は見当とれまいがな、神のみこと(いのちの御霊)にきけよ、それはどうしても身魂磨いて神かかれる様にならねばならんのざ。神かかりと申してもそこらに御座る天狗や狐や狸つきではないぞ。まことの神かかりであるぞ。」(磐戸(一八十)の巻第七帖)

 

 第二次世界大戦中に書かれたという自動書記の日月神示には、日本の敗戦と東京が焼け野原になることも、戦後、外国人の霊(GHQ)によって日本人の精神がこんにゃくのようにぐにゃぐにゃにされることも、そして、日本人の大和魂が再生して世界の救いのために働くことも書かれています。

 

 日月神示では、日本人のことを天皇の民(臣民)と言っています。

 「戦恐れているが臣民の戦位、何が怖いのぞ、それより己の心に巣くうてる悪のみたまが怖いぞ。」(富士の巻大七帖)

 

 それゆえ、「日月神示」や「よひとやむみな」の神示に導かれる人々は、身魂磨きを心掛けていると思われます。

 人間のうちには、罪を犯す欲望、自我、すなわち神に反逆する罪の根、不信仰が心に巣くっているのは、悪のみたま(人間を罪と滅びの世界に閉じ込めるために悪魔の分け与える悪い霊)によるのです。

 心に巣くう悪のみたまに働きの場を与えないために、善行を積み、身魂を磨くことで終わりの大峠を抜けようとしているのです。なぜならば、悪霊は正しい心、神のことを慕う心を嫌い、聖なるところでは弱くなってしまうからです。

 

 神道では、終わりの時を捉えて、備えを持つことが勧められているのです。

 キリスト教ではどんな備えをしているのでしょうか。天の御国の信仰はありますが、それより前に患難をくぐり抜けなければならないという事をどれほどの人が身を引き締めて考えて、そして、備えをしているのでしょうか。

 備えのある者が神に引き上げられるのです。備えのない者は地上に残されます。

 

 終わりの時、神は地球全体に終わりの雨(聖霊)を注がれます。神が、太陽をどの国にも照らし、雨を降り注がれるように。しかし、御霊の雨は、物質的な雨ではなく、霊的な雨です。霊によって受けるものです。目に見えないものですが、確かな恵みです。等しく恵みの雨を受けながら、受け取れる者と受け取れない者とに分かれます。受け取る人々は、聖なる御霊を受け取るために心が素直になっている者です。心の色眼鏡、人間の言葉や邪念、自我や欲望を捨て、真実なものを求める純真な心に備えられた者です。

 

 三千世界を願い求める仏教、弥勒の世を慕い求める神道、千年王国を夢見るキリスト教、神の約束を信じ神の国の再興を求めるユダヤ教、みな同じものを求めているのです。

 

 神が建て替えた新しい世に入るためには、大洗濯(キリストの血による贖い、すなわち悔い改める魂に、神は御霊を注がれます。)できよめられ、大峠(患難期)をくぐらなければなりません。

 油断せず、祈っていることが大切です。

 神にへりくだる心で早く備えができた者は、神の御霊に聞き、神の御心に従う歩みをしましょう。神のみ旨の中を歩む忠実な者を、神は天に引き上げてくださることでしょう。神は、忠実な人々を患難から救い出してくださるのです。

 

 備えのできていない者は、反キリストが支配する患難期をくぐります。しかし、絶望してはいけません。患難期には七年が定められています。必ず、大峠には終わりがあります。神に希望を持ち続けましょう。たとい、漆黒のような闇の世にあっても、神は、神を恐れる人にはわかる希望の光を用意しておられるのですから。それは、真理の光であり、永遠のいのちを得させる唯一の希望です。

 

 神は、滅びの闇の世に明けの明星を輝かせられます。

 世がどんどん悪い方向に向かって行っても、驚いてはいけません。そのことは、神の御計画のうちにあることです。しかし、神への信仰を持ち続けるならば、必ず、救われます。

 

 神は、神を恐れる正しい人々を救うために、終わりのときに、キリストの血によって国々を贖い、聖霊を注がれます。地球規模で起こります。

 おそらく、日本が初めに救われるでしょう。日本の救いは世界の救いのためです。日本人には、他者のために、また、世界のために執り成す愛が与えられているからです。

 

 日本人は大洗濯とともに大峠のために備え、また、世界を備えさせるために召されているからです。