ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神のことばに留まる

                                                                                                                                 

  旧約聖書にある記事です。                                                                                              

 

  ひとりの神の人が、主の命令によって、ユダの地からベテルにやって来ました。その時、イスラエルのヤロブアム王は香を焚くために祭壇のそばに立っていました。

 

  神の人は、主の命令によって祭壇に向かって言った。「祭壇よ。祭壇よ。主はこう仰せられる。『見よ。ひとりの男の子がダビデの家に生まれる。その名はヨシヤ。彼は、おまえの上で香を焚く高き所の祭司達を生贄としておまえの上に献げ、人の骨がおまえの上で焼かれる。』」

 

  「これが、主の告げられたしるしである。見よ。祭壇は裂け、その上の灰はこぼれ出る。」

 

  ヤロブアム王は、神の人の言葉を聞いた時、祭壇から手を伸ばして、「彼を捕らえよ」と言った。すると、神の人に向けて伸ばした手は、萎えて戻らなくなった。

 

  神の人が主のことばによって与えたしるしの通り、祭壇は裂け、灰は祭壇からこぼれ出た。

 

  そこで、王は神の人に向かって言った。「どうか、あなたの神、主にお願いして、私のために祈ってください。そうすれば、私の手はもとに戻るでしょう。」神の人が主に願ったので、王の手はもとに戻った。

 

  王は神の人に言った。「私と一緒に家に来て、食事をして元気をつけてください。あなたに贈り物をしたい。」すると、神の人は王に言いました。

 

  「あなたと一緒に参りません。この所ではパンを食べず、水も飲みません。主の命令によって、『パンを食べてはならない。水も飲んではならない。また、もと来た道を通って帰ってはならない』と命じられているからです。」こうして、神の人はベテルに来たときの道は通らず、ほかの道を通って帰った。

 

  ベテルに住んでいたひとりの年寄りの預言者は、この事を息子から聞き、ろばに乗って、神の人の後を追った。神の人が樫の木の下に座っているのを見つけると、「あなたがユダからおいでになった神の人ですか」と尋ねた。神の人は、「私です」と答えた。

 

  年寄りの預言者は神の人に言った。「私もあなたと同じく預言者です。御使いが主の命令を受けて、私に『その人をあなたの家に連れ帰り、パンをたべさせ、水を飲ませよ』と言って命じました。」

 

  そこで、その神の人は彼と一緒にベテルに帰り、年寄りの預言者の家でパンを食べ、水を飲んだ。その時、神の人を連れ戻した預言者に、主のことばがあった。

 

  年寄りの預言者はユダの地から来た神の人に叫んで言った。「主はこう仰せられる。『あなたは主のことばに背き、あなたの神、主が命じられた命令を守らず、主があなたに、パンを食べてはならない。水を飲んではならない、と命じられた場所に引き返して、そこであなたはパンを食べ、水を飲んだので、あなたの亡骸(なきがら)は、あなたの先祖の墓には、入らない。』」

 

  なんという事でしょうか。年寄りの預言者は、神の人の語った主のことばを恐れ、自分の骨がヨシヤ王の時代に焼かれたくない、神の裁きを受けたくないと思い、神の人を騙して連れ帰り飲み食いさせて、神に背かせたのです。

 

  年寄りの預言者は神の人を騙しておきながら、神の人のためにろばに鞍を置いて、送り出しました。神の人は、道で会った獅子に殺されました。神の人の死体は投げ出され、ろばも獅子もそのそばに立っていたのです。獅子はその死体を食べず、ろばを裂き殺す事もありませんでした。神に遣わされて、神のことばに背いた神の人を殺したのでした。

 

  年寄りの預言者は、その事を聞くと、「それは、主のことばに背いた神の人だ。主が彼に告げたことば通りに、主が彼を獅子に渡し、獅子が彼を裂いて殺したのだ」と言い、出掛けて行って神の人の死体を持ち帰り、いたみ悲しんで神の人を葬った。

 

  年寄りの預言者は、神の人の亡骸を自分の墓に納め、息子達に言った。「私が死んだら、あの神の人を葬った墓に私を葬り、神の人のそばに私の骨を納めてくれ。あの人が主の命令によって、ベテルにある祭壇とサマリヤの町々にあるすべての高き所の宮とに向かって呼ばわった言葉は、必ず成就するからだ。」

 

  神の人の預言通りに、その約百五十年後、ユダにヨシヤ王が立ったとき、歴代の王たちが作った、イスラエルの神によらない違法の祭壇を取り壊し、異教の神々を祀る高き所を礼拝出来ないように汚した。異教の神々に仕える祭司達の骨で満たした。

 

  ヨシヤ王は、ベテルでも同じことを行った。墓から骨を取り出し、それを祭壇の上で焼き、祭壇を汚れたものとした。それは、神の人がこのことを預言して「祭壇よ。祭壇よ」と祭壇に呼ばわった主のことばの通りであった。

 

  しかし、ヨシヤ王は、ユダから出て来てこのことを預言した、神の人の墓はそのままにしておいた。それで、神の人を騙して神の人の骨のそばに納められた、サマリヤから出て来た年寄りの預言者の骨も一緒にそのままにしておいた。

 

  神の人は、神の命じられた任務を無事終えて、樫の木の下に座って安堵していたのでしょう。すべての緊張が解け、あとは帰るだけです。重大任務を終え、ほっとすると、心も緩みます。気が付けば、小腹も空いていました。

 

  そんな時に、主の預言者と名乗る年寄りの預言者が神の人に声をかけました。主に従ってヤロブアム王の誘いを断り、もと来た道ではない道を通って帰る途中の神の人は、主に従った自分の言動に満足していました。神はそれを認めてくださったと思いました。

 

  年寄りの大先輩には敬意を払います。自分の言動を受け入れ、また、小腹の空いた自分をご覧になって、神は年寄りの預言者にそのための用意をさせて、食事のために、迎えに来た、と思ったのでしょうか。

 

  神の人は、主に伺いを立てませんでした。先輩の預言者を信じました。まさか、年寄りが、若い者を騙すなんて考えられません。年寄りの預言者は長い間主に仕えて来た、神が立てられた人なんですから。

 

  共に食事をする事は、和解のしるしでした。神が退け裁きを決めておられるベテルの人と食事をする事は、神の憎まれる事でした。

 

  ユダから来た神の人は、年寄りの預言者に従い、ベテルの彼の家に戻り、飲み食いして神のことばに背きました。その結果、獅子に襲われて死んで、年寄りの預言者の墓に葬られたのです。

 

  神は、神の人を騙した年寄りの預言者を裁いてはおられません。神のことばを信じた彼の願い通り、神の人と同じ墓に入り、彼の骨は守られたのです。

 

  神に従うということは、ユダの地に帰るまではまだ完了していなかったのです。余裕が出来た心の隙が、神の人の判断を鈍らせました。

 

  神は神の人に直接語っておられました。人を介してはいませんでした。神から出た命令は、人と共有できるものではありません。神から出た事は神に聞き、神に従わなければなりません。神は、神のことばに従うことを要求されます。

 

  たとい、相手が信頼のおける神の人であっても、神の命令から外れることには従ってはいけません。もし、最初の命令に変更があるなら、神が本人にまた、直接語られるはずです。

 

  ほとんどの場合、神の命令は変更されることはありません。命令されたことがすべて滞りなく成し遂げられるまで、主のことばのうちに留まり、神に従い通しましょう。