ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

悔い改めによる回復 ダビデの場合

 

  ダビデ王は、ヨアブと自分の家来達とイスラエルの全軍とを戦いに出した。しかし、ダビデ王はエルサレムの王宮に留まっていた。

 

  ある夕暮れ時、ダビデは床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女が体を洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった。彼女は、ウリヤの妻バテ・シェバであった。

 

  ダビデは使いの者をやって、その女を召し入れた。ダビデはその女と寝た。女は自分の家に帰った。女は身籠ったので、ダビデに人をやって、告げて言った。「私は身籠りました。」

 

  ダビデは、ヨアブに人を遣わし、「ウリヤを私のところへ送れ」と言わせた。それでヨアブはウリヤをダビデのところに送った。ダビデは「家に帰って、あなたの足を洗いなさい」と言って、ウリヤに休暇を与えた。

 

  しかしウリヤは、王宮の門のあたりで、自分の主君ダビデの家来たち皆と一緒に眠り、自分の家には帰らなかった。ダビデは、この知らせを聞いて、ウリヤに「何故、自分の家に帰らなかったのか」と言った。

 

  ウリヤは答えた。「神の箱も、イスラエルも、ユダも仮庵に住み、私の主人ヨアブも私の主人の家来達も戦場で野営しています。それなのに、私だけが家に帰り、飲み食いして、妻と寝ることが出来ましょうか。」

 

  ダビデはウリヤを招いて、自分の前で食べたり飲んだりさせ、彼を酔わせた。しかし、ウリヤはその日も主君の家来達と一緒に寝て、自分の家には行かなかった。

 

  ダビデの企みは失敗した。ウリヤを妻と寝かせて、身籠った子どもの父親にする計画は果たせなかった。ダビデはヨアブに手紙を書き、ウリヤに持たせた。

 

  その手紙にはこう書かれてあった。「ウリヤを激戦の真正面に出し、彼を残してあなたがたは退き、彼が打たれて死ぬようにせよ。」

 

  ウリヤはその町の力ある者達がいる場所に配置され、ウリヤは戦死した。ウリヤの妻は、夫ウリヤが死んだことを聞いて、痛み悲しみ喪に服した。

 

  ダビデは、自分の姦淫の罪を隠すために、ウリヤを陥れた。それが適わないことが分かると、ウリヤの責めを避けるために、ウリヤを亡き者とした。

 

  喪が明けると、ダビデ王は人をやり、彼女を自分の家に迎え入れた。バテ・シェバはダビデ王の妻となり、男の子を産んだ。ダビデの行ったことは主の御心を損なった。

 

  主は預言者ナタンをダビデのところに遣わした。富んだ人が貧しい人の持つ、たった一頭の雌の子羊を取り上げて、自分の所に来た旅人に調理した、という話をすると、ダビデは、その男に対して激しい怒りを燃やし、ナタンに言った。「主は生きておられる。そんなことをした男は死刑だ。その男は、憐みの心もなく、そんなことをしたのだから。」

 

  ナタンはダビデに言った。「あなたがその男です。イスラエルの神、主はこう仰せられる。『わたしはあなたに油注いで、イスラエルの王とし、あなたの命を狙うサウル王の手からあなたを救い出した。イスラエルとユダの家も与えた。それでも少ないというのなら、わたしはあなたにもっと多くのものを増し加えたであろう。

 

  それなのに、どうしてあなたは主のことばを蔑み、わたしの目の前に悪を行ったのか。あなたはウリヤをアモン人の剣で切り殺し、その妻を自分の妻としたのだ。今や剣は、いつまでもあなたの家から離れない。あなたがわたしを蔑み、ウリヤの妻を取り、自分の妻にしたからである。』」そして、ダビデの負うべき代償についても語られた。

 

  ダビデはナタンに言った。「私は主に対して罪を犯した。」

 

  ナタンはダビデに言った。「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。しかし、あなたはこのことによって、主の敵(悪魔と悪魔の子)に大いに侮りの心を起こさせたので、あなたに生れる子は必ず死ぬ。」

 

  主は、ウリヤの妻バテ・シェバがダビデに産んだ子を打たれたので、その子は病気になり、死んだ。

 

  ダビデ王は、罪に罪を重ねていきました。イスラエルの全軍を戦場に送り、戦わせている時にダビデは床におり、起き上がって屋上を歩いている時に、体を洗っている美しい女に心奪われ、人妻だと知りながら、召し入れた。モーセの十戒の第七の戒め、あなたは姦淫してはならない、と第八の戒め、あなたは盗んではならない、と第十の戒め、あなたは隣人の家の所有を欲しがってはならない、とを破りました。

 

  その後、その人妻が子どもを身籠ったことを知ったダビデは、夫のウリヤを騙し、第九の戒め、あなたの隣人に対して偽りの証言をしてはならない、を破り、ウリヤを亡き者としたことで、第六の戒め、あなたは殺してはならない、を破りました。

 

  主にへりくだり従順であったダビデ王も、王位を受け治世が安定すると、気づかないうちに心が高ぶり、その心の隙間に入って来た誘惑に負けました。それで、自分自身が主権者のようになってしまい、第一の戒め、わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない、を破ってしまいました。

 

  また、人妻に心惹かれて、神の聖を汚し、神の戒めよりも目に映るものを慕いました。それで、第二の戒め、あなたは偶像を造ってはならない。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない、を破りました。偶像とは、人が作った像だけではなくて、心を結び合わせ執着するもののことをさすようです。

 

  律法を犯す者は処罰を受けます。死ななければなりません。しかし、ダビデは自分の罪を認めて悔い改め、神はダビデの罪を赦されました。

 

  神はダビデの子孫に、御自身のひとり子を与えることを決めておられました。ダビデには、ナタンによって語っておられました。「あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖達とともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅くたてる。」

 

  この恵みの契約のあとに起こした不祥事でした。しかし、神はダビデを赦されました。神の恵みは測り知れません。なんと、ダビデの王位を継ぎ、王国を確立させたのは、不倫とその夫殺しによって妻としたバテ・シェバが産んだ子、ソロモンだったのです。ソロモン王は、富と知恵とにおいて、地上のどの王よりもまさる王となりました。

 

  ダビデには多くの妻と多くの息子がいました。ウリヤの妻バテ・シェバを取り、自分の妻にしたダビデを怒った神が、なんと、ダビデに与えた契約を、バテ・シェバの産んだソロモンに与えられたのです。不倫と人殺しの結果得た妻から生まれたソロモンを選ばれたのです。神の赦しは完全です。

 

  そして、ソロモン王の子孫として、地上に神のひとり子イエスが生まれたのです。人の子イエスは、世の罪を取り除く神の子羊であり、ダビデの子と呼ばれました。

 

  神は悔い改めた者の罪を赦し、恵みを揺すり入れるお方なのです。罪を明らかにするのは、その人を罪に定めるためではありません。神は、「赦し」という切り札を持っておられるのです。

 

  「罪の増し加わるところには、恵みも満ち溢れました」と、ローマ5:20にある通りです。

 

  罪を赦された者は、神に感謝します。神を愛します。神を愛する者を神は愛し、報いられます。神は悔い改める者に、新しい心を創造されるのです。その人を良いものにされるのです。

  イエスがご自分の命を与えるほどに愛された人に、神が良くしてくださらないはずはありません。