ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

イエスへの信仰は神の賜物

 

  人はそれぞれ、人生の歩みの中で、いろいろな出会いをします。人の心には愛を入れる空洞があります。その部分を、ある人の存在で満たす人もあれば、ペットの存在で埋める人もいます。或いは、趣味や楽しい時間や飲食や宝飾や贅沢や金銭をもって、豊かさを味わうのかも知れません。

 

  しかし、本来その空洞は、造り主なる神によって満たされるように造られているものでした。神が人を造り、その人の中に住んで、人と一つになるためです。そして、神が住まわれる人の姿が、人の完成した姿なのです。

 

  神が人の心の空洞に住まれるためには、人が神を招き入れなければなりません。人を造られた神は、愛の神です。その心に愛がある人のところに、神は訪れられます。

 

  神は霊です。目には見えないけれど、愛として存在しておられます。人にも愛があります。愛があるから、愛を求めるのです。愛は愛を引き寄せます。

 

  人は神に似せて造られた、霊的存在ですから、同じような霊性の人に惹かれます。物欲のある人は、物品のある人に惹かれます。性欲の強い人はそれを受け入れてくれる人を求めます。自分の霊が満たされるものを捜しているのです。

 

  空洞を埋めることは、霊を満たすことになります。空洞に埋めたものによって、霊的な影響を受けるのです。真面目な人が遊び人と一つになることもあります。周囲の人々にはわからない、それと一つになる潜在的な要素が潜んでいたのでしょう。霊の事は、その人自身にしかわかりません。

 

  その人らしいと評価されていることに、その人自身の霊は違和感を感じているのかも知れません。本人も意識しないところで、霊は正直です。霊が納得できることが、心の落ち着くことであり、本人の居場所と感じるのだと思います。

 

  霊が目覚め、霊の空洞に、霊的な事を求め始めます。自分という思いが強いと、自分に都合の良いことを言ってくれるものを歓迎します。自分への愛が薄いと、惑わされます。自分に自信がないと、力ある者の確信に満ちた言葉に惹かれます。

 

  受けるものによって、空洞は埋められていきます。外から与えられた居場所に馴染もうとして努力し、信じるものに同化していきます。

 

  信心とはそれぞれの人が、その空洞を埋めるものによって支えられ、慰められ、励まされ、内側から守られている感じを持つものだと思います。その人は、霊的なもので空洞を満たしているように思います。

 

  ヨハネは、言います。「愛する者達。霊だからと言って、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、試しなさい。イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。」

 

  神の霊は、愛です。愛を空洞に入れることを望む人は、イエスが自分の罪の身代わりとなって、十字架で処刑された生贄の小羊であることを理解し、イエスの愛を空洞に迎えます。真実な愛を求めていたので、愛の霊が訪れました。イエスの愛を信じる人は、神を信じたのです。

 

  イエス・キリストを信じる信仰は、真実な愛に飢え渇く人に用意された、神の賜物です。神御自身が用意された、愛の目に見えるかたちです。イエスは、変わる事も失う事もない真実な愛を探し求める人に、神が用意された贈り物です。

 

  神は、イエスを通して、空洞にイエス・キリストを迎えた人と一つになられるのです。人の子として地に来られ、十字架で血を流されたイエスの贖いの血が、永遠に生きておられる天の真の神と繋がる、生ける道です。

 

  空洞に何を入れるかは、人それぞれの自由ですが、イエスを迎えイエスの愛で満たすのは、人のわざではありません。人はこの世で生きる肉なる者です。肉なる者が、肉なるものや、この世の霊を入れることは容易です。肉の性質と同じものだからです。

 

  肉なる者が、肉の性質に反する天上の霊、永遠に生きる霊を入れることは神業です。人から出たものではありません。

 

  マタイの福音書16:15~17にこう書かれています。

 

  「イエスは言われた。『あなたがたは、わたしを誰だと言いますか。』

  シモン・ペテロが答えて言った。『あなたは、生ける神の御子キリストです。』

 

  するとイエスは、彼に答えて言われた。『バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。』」

 

  イエスを主、生ける神の御子キリストであると知るのは、天の父の啓示なのです。人の知恵では理解できません。

 

  イエスの愛に応答し、イエスを愛する愛で満たされる人は幸いです。天上の宝を手に入れたのです。イエスを信じる信仰は自分から出たものではありません。愛を求める空洞に、神が与えられた賜物なのです。

 

 

    著作本 『人はどこから来てどこへ行くのか』鍵谷著 (青い表紙の本)

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