ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

ユダヤ人はキリストの兄弟

 

 私たちが「救世主(メシア)」と信じ、神から遣わされた「主キリスト(神に遣わされた救い主)」と呼んでいるイエス・キリストは、イスラエルで生まれたユダヤ人です。

 イエスは、ガリラヤ地方のナザレの町の大工ヨセフの家に生まれ、ヨセフの先祖、ダビデの町ベツレヘムで住民登録されたユダヤ人です。

 ヨセフの許嫁の妻マリアが処女で身ごもった神の御子です。マリアはナザレの町の女で、ヨセフの許嫁の妻でした。

 御使いガブリエルがマリアに現われ、神の霊によってひとりの男の子が、マリアの胎内に宿ることを告げたのです。

 

 マリアに現われた御使いは、許嫁の夫ヨセフの夢に現われて、許嫁の妻マリアの胎内にあるのは神の霊によって宿った子であり、マリアの罪によってみごもっているのではないこと、また、マリアを罪ある女とせずにヨセフの妻として迎え入れ胎内の子をヨセフの子として迎えて、イエスと名づけるように告げました。

 神を恐れる正しい人ヨセフはマリアを迎え入れ、子どもが生まれるまではマリアに触れることはなく、御使いに告げられたように、生まれた男の子に「イエス」と名づけました。

 

 ヨセフとマリアは、ユダヤ人の慣習に従って八日目にイエスの割礼を施しました。モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、ヨセフとマリアは幼子イエスを主にささげるために、エルサレムへ連れて行き、主の律法に「山鳩一つがい、または、家鳩のひな二羽。」と定められたところに従って犠牲をささげるために上って行きました。

 それは、主の律法に「母の胎を開く男子の初子は、すべて、主に聖別された者、と呼ばれなければならない。」と書いてあるとおりでした。(ルカ2:21-24)

 

 ユダヤ人たちはイエス・キリストを憎みますが、イエスは、正真正銘のユダヤ人です。イエスは、ユダヤ人たちの慣習から外れることはありませんでした。イエスは、神の律法を守り、安息日にはユダヤ人の会堂に行き、ユダヤ人の祭りを守り、神に仕えるユダヤ人として正しく歩まれました。

 

 イエスは、神の律法の外に出たことがありません。イエスは、父なる神に直接聞き、神からことばを受けて従われました。

 イエスは、神の恵みがその上にあったので、神の知恵に満ちていました。

 

 「さて、イエスの両親は、過越しの祭りには毎年エルサレムに行った。イエスが十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上り、祭りの期間を過ごしてから、帰路についたが、少年イエスはエルサレムに留まっておられた。両親はそれに気づかなかった。

 イエスが一行にいるものと思って、一日の道のりを行った。それから、親族や知人の中を捜し回ったが、見つからなかったので、イエスを捜しながら、エルサレムまで引き返した。

 そしてようやく三日の後に、イエスが宮で教師たちの真中にすわって、話を聞いたり質問しておられるのを見つけた。聞いていた人々(教師ら)はみな、イエスの知恵と答えに驚いていた。

 両親は彼(イエス)を見て驚き、母は言った。

 『まあ、あなたはなぜ私たちにこんなことをしたのです。見なさい。父上も私も、心配してあなたを捜し回っていたのです。』

 するとイエスは両親に言われた。

 『どうしてわたしをお探しになったのですか。わたし(イエス)が必ず自分の父(父なる神)の家(神の宮)にいることを、ご存じなかったのですか。』

 しかし両親には、イエスの離されたことばの意味がわからなかった。

 それからイエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。母マリアはこれらのことをみな、心に留めておいた。」(ルカ2:41-51)

 

 イエスは、父なる神とともにおられました。地上では、ヨセフが父でマリアが母ですが、マリアは、神のひとり子が人の子としてイスラエルに遣わされるための母胎でした。

 イエスは、幼い頃からご自分の使命を知り、神の民イスラエルを父(イスラエルの神)のもとに導くために、神のみことばから真理を教えておられたのです。

 異邦人も住むガリラヤ地方の少年イエスは正規の学びをしていないのに、聖書の教師たちと対等に語り合ったのです。

 

 イエスの意識は、天にありました。イエスの心は父とともにありました。イエスは、神の宮を「わたしの父の家」と言われました。イエスは、神を「わたしの父」と言われたのです。

 イエスの誕生について多くの不思議を体験していたヨセフもマリアも、イエスが神の御子であるという考えを持っていなかったようです。彼らには、イエスの話されたことばの意味がわからなかったのです。ヨセフもマリアも、イエスの両親でした。しかし、イエスは、神の御子としての意識を持ち、地上の両親にも仕えられました。

 

 イエスは生粋のユダヤ人として成長しました。いよいよ神の遣わされたキリストとしての公生涯に入られたときには、すでに父ヨセフは亡くなっていました。

 

 イエスが十字架につけられたとき、イエスの十字架のそばには、イエスの母マリアと母の姉妹と、クロパの妻のマリアとマグダラのマリアが立っていました。

 「イエスは、母(マリア)と、そばに立っている愛する弟子(ヨハネ)とを見て、母に、『女の方。そこに、あなたの息子がいます。』と言われた。

 それからその弟子に『そこに、あなたの母がいます。』と言われた。

 その時から、この弟子(ヨハネ)は彼女(マリア)を自分の家に引き取った。

 この後、イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、『わたしは渇く。』と言われた。

 そこには酸い葡萄酒のいっぱい入った入れ物が置いてあった。そこで彼らは、酸い葡萄酒を含んだ海綿のヒソプの枝につけて、それをイエスの口もとに差し出した。 

 イエスは、酸い葡萄酒を受けられると、『完了した。』と言われた。そして、頭をたれて、(父なる神に)霊をお渡しになった。」(ヨハネ19:26-28)

 

 イエスは、マリアを弟子のヨハネの母とされました。マリアは、もはやイエスの母ではありません。イエスは、ご自分の父のもとに帰られるのです。キリストは、地上に何も残されません。

 

 イエスは墓から甦られると、弟子たちに会い、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きておられることを使徒たちに示され、神の国のことを語られました。

 そして、全世界に出て行き、すべて造られた者に福音(イエス・キリストの罪の贖いの血によって罪赦され、神の御子イエス・キリストを信じる者に永遠のいのちを得させられる。それゆえ、神の御救いを信じて罪を悔い改め、神の御子イエス・キリストを信じて生きよ。)を宣べ伝えるように命じられました。

 

 イエスは、弟子たちが福音を宣べ伝えるために、もうひとりの助け主(真理の御霊)を遣わすことを約束され、聖霊の力を受けるように言われてから、使徒たちが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられました。(使徒1:9)

 

 イエスはユダヤ人であり、神のひとり子なのです。世の罪を取り除き、永遠のいのちを得させる主キリストです。

 イエスは、父もなく、母もなく、系図もなく、その生涯の初めもなく、いのちの終わりもなく、神の子に似た者とされ、いつまでも祭司として留まっている義の王、また平和の王のメルキゼデクに等しい祭司となられました。

 

 ダニエルは幻を見ました。

 「見よ、人の子のような方(神のひとり子イエス・キリスト)が天の雲に乗って来られ、年を経た方(永遠に生きておられる全能の神)のもとに進み、その前に導かれた。

 この方(キリスト)に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。

 その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。」(ダニエル7:13,14)

 

 預言者ダニエルは、イエスが十字架につけられる約六百年前に、イエス・キリストの栄光を見ていたのです。ユダヤ人たちは、この人の子のような方のことを、「メシア」と呼びました。

 ダニエルが幻で見たのが主キリストであることは、イエスが十字架に掛かられ、死から甦り、父のみもとに帰られた今だからわかることです。

 

 神のひとり子は、人の子としてこの地上に来られました。そして、世の罪を取り除くために、ご自身をささげ、罪の贖いの血を流されて、墓に入り、墓から甦られて復活のからだで、雲に包まれて天に上られました。

 この情景を、ダニエルは見たのです。

 

 天に上られた神の子羊イエスは、すべてのものの初めである方、初めからおられる年を経た方、御座におられる方のもとに進み、父なる神の前に導かれました。

 御座におられる神は、神の御救いのみわざを成し遂げた神の子羊イエスに、主権と光栄と国を与えられました。

 神は彼(神の子羊イエス)に、イスラエルの王の主権をお与えになり、あらゆる民族の者、あらゆる国の者、あらゆる国語を話す者たちの王とされました。

 神の子羊イエスの主権はとこしえのものであり、終わりがなく、神の御子キリスト・イエスが治める国はとこしえの国です。

 

 バビロンに捕囚されたダニエルの見た幻は、ダニエルを脅かしました。

 ダニエルは、この幻を理解したいと思い、かたわらに立つ者のひとりに近づくと、彼は、ダニエルに解き明かしを知らせました。

 

 獣たち(悪魔の子ら)が神の聖徒たちに戦いを挑んで、彼ら(神の聖徒たち)に打ち勝つが、それは年を経た方(神のひとり子、栄光の主キリスト・イエス)が来られるまでのことで、いと高き方(全知全能の生けるまことの神)の聖徒たち(神の民)のために、さばきが行なわれて、聖徒たちが国を受け継ぐ時が来ることを告げました。(ダニエル7:21,22)

 

 また、神の聖徒たちに打ち勝った獣(忌むべき滅びの子)は、年を経た方が来られる(キリストが再臨される)と、好き勝手にしていた滅びの子の主権は奪われて、彼は永久に絶やされ、滅ぼされます。

 国と、主権と、天下の国々の(世界を治める)権威とは、いと高き方(神)の聖徒である民(ユダヤ民族とキリスト者、とこしえのイスラエル王国の国民)に与えられます。

 その国(神の子羊キリストが王となって治めるイスラエル)はとこしえの国であって、世が滅びる時も永遠に堅く立つ国です。永遠のいのちを持つ者たちのとこしえの国です。

 すべての国々、諸国の民は、とこしえのイスラエル王国の民に仕え、(千年の間)彼らに服従するのです。(ダニエル7:26,27)

 

 このとこしえの国は、天の神が起こされる一つの国です。人手によらず、神の霊によって建つ国です。(ダニエル2:44)

 

 イエスが弟子たちに教えておられた、主キリストの再臨とともに現われる国です。

 「主(栄光の王イエス・キリスト)が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる。

 その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。」(ゼカリヤ14:3,4)

 

 「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16:31)

 キリストはユダヤ人から出ました。キリストは、血肉の兄弟であるユダヤ人の救いのために、きょうも執り成しておられることでしょう。