ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

黄金の国ジパング

 

 日本は、その昔、ヨーロッパにおいて「黄金の国ジパング」と呼ばれていたようです。マルコ・ポーロの「東方見聞録」で、「黄金の国」と紹介されたからです。マルコ・ポーロは、イタリアのヴェネツィア生まれの商人で、中世の時代にヨーロッパからアジアまで陸路と海路で大旅行をしました。実際にはマルコ・ポーロが来訪していない日本国ですが、中国で聞いた噂によって、莫大な金を産出する独立した島国だと紹介しているようです。

 

 日本は遣隋使を派遣した際の唐(中国)との交易で大量の砂金で支払っていました。

 その当時の日本では金が取れていたのですね。日本には、幾つかの銀山もありました。今では夢のような事ですね。

 

 小さな島国は、金も銀も生み出している土地でした。鉱物の金銀です。目に見えて価値のある金銀です。人間の心を喜ばせ、楽しませる宝です。

 このことは、終わりの時代のひな型なのかも知れません。

 神は、この小さな島国に、神の御計画を持っておられるようです。

 

 神は、この島国の中で、金銀の宝の民を生み出されるのではないでしょうか。目に見えるものではありません。人間には価値のわからないものです。鉱物の金銀ではなく、目に見えない金銀です。霊的なものです。神の宝とされる魂です。

 

 日本の地は、神に仕える神のしもべを、神の守りの中で産み育てるのでしょう。人間の目には、隠されています。神に召された彼らが、神に備えられた働きに立つまでは、神は、彼らを隠しておられることでしょう。

 

 ホピ族には、「白い兄と、白い兄とともにふたりの従者(卍と十字のしるしのある人と、○(太陽?)のしるしのある人)が来る。」という預言があるようです。

 

 それは、「人類を滅亡に導く大いなるきよめの日(聖書でいうところの患難時代)が訪れる時、世界を救うために、日出ずる国から黒髪の白い兄がふたりの者を従えてやってくる。」というような内容のようです。

 

 ここには、世界を救う使命を持つ三人の人が書かれています。白い兄と、卍と十字のしるしのある人と、○のしるしのある人です。

 白い兄は、きよめられた御霊の人であると私は捉えました。すでに、イエス・キリストの血を受けて神に義とせられ、イエス・キリストの御名によって授けられる真理の御霊を受けて永遠のいのちを得ている人です。

 肉の人ではありません。御霊の人です。(主キリストの)御霊によって導かれ、御霊に聞き従う人、天の御国のいのちで生きる白い人です。神の新しい創造を受けたその人は、永遠に生きる第二のアダム(神の子羊イエス)に属する人です。キリストのからだ(御霊の教会)に属する新しい人です。

 

 そして、白い兄に従うふたりの従者のひとり、卍と十字のしるしを持つ人は、仏法の流れをくむ人だと、私は捉えました。白い兄は、真理の光(聖書のことばと御霊)によって、この人に、彼の信じ仕えているものの正体を知らせるでしょう。

 彼が信じる御仏は、阿弥陀の御姿を人の姿として現われた御仏です。しかし、御仏は、人の子として来られ、阿弥陀の本願(神の御心)を成し遂げられて肉に死んだ神の子羊イエス・キリストであることを、おそらく白い兄の助けにより、彼は悟るのでしょう。

 また、彼は、彼が阿弥陀として拝みすがっている方(阿弥陀様)は、すべての者を仏(煩悩を捨てた聖なる悟りの人)とするために、神の子羊イエスを遣わされたイエス・キリストの父(全能の神)であることを知らされるでしょう。

 仏法に忠実なこの人が夢見ていた浄土は、とこしえの天の御国であることを知ります。キリストの御霊がそこ(とこしえの安息の国)へ導いてくださることを聞き、彼は白い兄の導きによって、キリストを信じて新しい人の歩みをし始めます。

 終わりの時に、全能の神に仕え、神のことばを語る者として備えられるでしょう。

 

 中国に入った景教と呼ばれるキリスト教の教えと仏教は出会っている可能性があります。その仏教が大乗仏教の教えとなったのかも知れません。大乗仏教は、キリスト教の教えとよく似ているのです。

 

 白い兄に従うもうひとりの○のしるしのある人は、日本人とともにおられた神道の神(あるいは、神示)を信じ従う忠実なしもべであると、私は捉えました。

 彼もまた、自分の仕えている神は、実は、天地創造の神、全能の神であられ、キリスト教の教祖と思っていたイエス・キリストが、実は、神と人間との和解を成し遂げられた神の仲介者であり、大祭司であることを悟るのでしょう。

 そして、神示は、とこしえの大祭司イエス・キリストの御霊によって与えられていたことを知り、神の御子イエス・キリストを信じ、キリストの御霊によって神に仕え、神に聞き従う人とされるでしょう。

 

 この○のしるしのある人のもとには、神示を信じる大勢の弟子がいます。白い兄と、卍と十字のしるしのある人は、彼ら(○のしるしのある人のもとにいる弟子たち)に父の名と子羊の名を印します。生ける神の印です。印された人々の心は、イエス・キリストとひとつ心となります。彼らは、十四万四千人のユダヤ人に数えられる人々なのです。

 

 白い兄とともに、ふたりの従者も、神の御子イエス・キリストと心が一つとなった人々も、ホピ族のところに行き、真理(彼らが仕えていた神は父なる神であられ、神のみもとに帰る道を設けてくださった神の子羊イエス・キリストの御救いと、その道を歩むための助け主聖霊を受けて、神の子どもとされること。)を明かし、それを聞いたホピ族の人々は御救いを受けることでしょう。また、その中には、イエス・キリストと心一つとなった人々に加えられる人々もいるのです。

 

 このようにして、白い兄と、ふたりの従者と、イエス・キリストと心一つの(父の名と子羊の名が印された)人々は、隠されていた世界中の、神に仕える部族のもとに行き、父の名と子羊の名を知らせて御救いを与え、生ける神の印を押された人々を集めることでしょう。御霊に導かれるまま、アイヌや、アフリカの部族など、様々な少数民族、少数部族のところへ行き、生ける神の印が押された人々を集めるでしょう。

  これらの民族、部族の人々は、文明の開けた世界の中にあっても、物質欲の波にさらされず、忠実に彼らの神の御告げを受け、神に仕えていた人々です。人間のつくった宗教に犯されておらず、生ける神に誠実な人々です。

 

 この生ける神の印が押された人々は、神が世の初めから召しておられた十四万四千人のユダヤ人男子(ヤコブの血を引く子孫)なのです。ある世代から、ユダヤ人であることを語り継がれなくなっていましたが、神が覚えておられる、偽りのない、本当のイスラエル人(神の国を受け継ぐ神の民)なのです。

 

 ユダヤ民族の一つの部族が一つの場所にいるわけではありません。アッシリア捕囚で離散した北のイスラエルもいますし、バビロン捕囚で離散した南のユダもいますし、イエスの十字架以降、ローマ帝国によって離散したユダヤ人もいます。部族ごとに移動したのではなく、家族や支族によって分かれたのでしょう。

 

 世界中から、十四万四千人のユダヤ人は集められます。

 患難期に入ってから地上に残されている神の聖徒ら(ユダヤ人やキリスト信者)に聖霊のことばを語って真理を教え、救いに導く働きをする者たち(十四万四千人のユダヤ人)が備えられると、異邦人の時は完成するのでしょう。

 

 白い兄も、ふたりの従者(霊において卍と十字のしるしを持つ人と、霊において○のしるしを持つ人)も、また、十四万四千人のユダヤ人の一部の人も、日本から起こるのだと思います。

 

 かつて、黄金の国だった日本から、終わりの時に、世界の神の民を救う神の宝の民(十四万四千人のユダヤ人)を起こす人々、すなわち、白い兄と死海文書にあるイスラエルのメシアとアロンのメシアのふたりの証人が立つのでしょう。

 

 黙示録11:3に、「わたし(神)がわたしのふたりの証人に許すと、彼らは荒布を着て千二百六十日(三年半)の間預言する。」と書かれている、ふたりの証人です。

 彼らは、黙示録14:1-5に書かれた、どんな宗教(偶像)にも汚されていない十四万四千人のユダヤ人に、生ける神の印(父の名と子羊の名)を押す人でもあるのです。

 

 彼ら(卍と十字のしるしのある人と、○のしるしのある人と、十四万四千人のユダヤ人)は、聖霊が引き上げられる異邦人の時の完成のあとの世界で、残りの神の民を神に導く人々です。イエスの上に留まられた聖霊が、彼らの上にも留まられ、彼らに預言と、神の奇跡の力としるしを与えられるのでしょう。

 

 患難前期(三年半)に、ふたりの証人は預言をし、十四万四千人のユダヤ人は世界宣教をして、神の国(千年王国)に入る御霊の教会(神の国)を、イスラエルの王イエス・キリストのために完成させることでしょう。