ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

天国から地にやってきた神様


  地上には人間が作った神様がたくさんいます。国によって違う神様。一つの国の中にも多くの神様が存在します。日本の場合は八百万の神々と言って水や火、海や山、それぞれの場所を司る神様、各々の機能を持った神様もいます。安産の神、受験の神っていう具合に。

  神道の神様は沢山いるようで、神様の名前には必ず、「みこと」と命の漢字がついています。木にも岩にもすべての物にいのちが宿っているという独特の捉え方です。すべてのものに命が宿っていて同じいのちの働きで存在しているという事だと思います。

  これは日本人のDNAに植え付けられたもので、取り巻く環境にいのちを感じ取る、世界的にも稀有な民族だと思います。この部分は他の民族の人は努力しても共有する事が難しいでしょう。日本人にとっては生まれ持った感覚であって、お昼になったからお昼ご飯を食べるっていうくらい普通の事です。痒いところに無意識に手がいき掻いているっていうくらい自然な事です。

  日本人はいのちを感じ取る感性が優れていると思います。実はこのいのち、日本だけではなく、世界中が一つのいのちでつながっているのです。

  何故なら、天にはいのちの神様がおられるからです。このいのちの神様が世界中の国々の上に立ち、地球のみならず宇宙よりも大きい神様なのです。

  この神は、宇宙、万物を造られた神です。人類の最初の人はこの神の存在をよく知っていて、神とお話もしていました。

  でも、人は神から離れて自分の思いのまま生きる事を選んでしまいました。いのちの神から離れたので、やがて死を迎える者となってしまいました。

  神は人が死んでいくのが、無念でなりません。でも、いのちの神の御前で生きる者にするためには、人が永遠に生きるいのちを得なければなりません。死の力を滅ぼさなければなりません。人にその力が無い事は、神は知っておられます。

  神にはひとりの子がいました。神の御子です。御子は人が大好きでした。父である神とともに人を造った時、大喜びで満足していたものです。

  神は決めました。御子のために人から死を取り除き、御子とともに天で生きる者にする事を。御子も喜んで父の計画に従い、天から地に下り、地上で肉体を持って生きる人の子として女から生まれたのです。

  名前はイエス。死を取り除くために天の神様が、神としてではなく、同じ人の子となって地上にやって来られました。

  地上にあっても天の父に一つ一つ聞きながら、父のいわれる通りに話し、行いました。人でありながらこの世の楽しみを享受する事はありませんでした。また、神だからといって人に仕える事を強要する事もありませんでした。ただ、人類から罪を除き死の呪いから解放して、人を天で共に生きる者とし、最初に造った時のように死のない生きる人にしたかったのです。

  地上に遣わされた御子は、人類が抱える死の呪いをすべて負って、人類の身代わりの生贄の子羊となって、十字架で処刑されさらし者になりました。死の呪いは砕かれ、神は人の罪を赦されました。罪が赦されると死から解放されるのです。

  宗教の創始者は数多くいますが、墓に入ったままです。

  十字架のイエスは3日目に墓から甦り、弟子達に現れました。復活のからだのイエスは話す事も食べる事も壁を通り抜ける事も瞬間移動もする霊のからだでした。イエスは天から来たいのちの神だったので、死も閉じ込めている事は出来ません。復活する事で、神はイエスが天から来た者である事を証されました。そして、弟子達が見守る中イエスは空中に引き上げられ天に帰ったのです。

  「わたしを信じる者はわたしと同じように、死んでも甦り永遠に生きるのです。」とイエスはいわれました。これは天の神様が人に授けた約束のことばです。 
               
  イエスはキリスト教の教祖ではなく、人類を造った天の神、いのちの神なのです。天から遣わされたメシア、天の神が証される、キリスト(神に油注がれ、神が遣わす救い主)なんです。

  この事がわかったならば、いのちに敏感な日本人はどの国の人よりも天の神をよく知る者となると思います。全人類の神、唯一のいのちの神は日本に特別なご計画を持っておられるように感じます。