ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

神から出た愛

 

  愛は神から出ているのです。私達が神を愛したのではなく、神が私達を愛し、私達の罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

 

  自分が幸せになりたいと思う人は、幸福な人の所に集まります。幸せを味わいたいからです。

 

  お金持ちになりたい人は、お金持ちになった成功者と関わりたいと願います。そこに、自分の道があると思うからです。

 

  人は、自分の目指す方向に関心を寄せ、思いを向けます。人のうちにあるものは自分の欲です。

 

  人の愛は、自分を満たすために注がれます。無償の愛と信じつつ、虚しさがあり、不安があり、恐れがあります。

 

  神は愛です。神はそのひとり子を世に遣わし、その御子イエスによって私達に、いのちを得させて下さいました。愛の神は、滅びゆく人間を憐れみ、御自身のひとり子を人間の身代わりに、死に落とされました。

 

  御子は、人間を死と滅びから救うためにご自分を御父に献げ、人に置かれた呪いを身代わって、御子自らが御父の呪いを受けられました。

 

  神の関心は滅びゆく人間にあり、神の愛は人間の魂に向けられたのです。

 

  「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された」と聖書にあります。

 

  かつて、神は、地上の人の悪が増大し、その心に計る事がみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になって、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められたとき、「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ」といわれました。

 

  神は、神とともに歩む全き人ノアとその家族を残して、残りのすべての人を洪水で滅ぼされました。

 

  神はその時、ノアの家族以外の人々の救済の手立てを講じることはありませんでした。それで、アダムから始まった人類は、ノアとノアの家族以外のその時代の人がすべて滅びました。

 

  しかし、神が正しいとされたノアから始まった人類には、救済の道を用意されたのです。神は世を愛された、とあります。

 

  それで、世を救うために、神のひとり子を世に遣わされました。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためでした。

 

  神が世を愛する愛は、人の持つ感情的で感傷的なものではありません。契約と犠牲を伴う愛、自分を憎む者のために自分の命を与える、真実な愛です。

 

  御子は神の栄光を捨てて、天から下り、愛を知らない者達の世に来て下さいました。イエスの愛は、寛容で親切で、人を妬まず、自慢せず、高慢にならず、礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜ぶ愛です。

 

  イエスはすべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍ばれました。イエスのうちに神の愛があったからです。

 

  イエスは、御父のために、神を信じ、神とともに歩む全き人を用意されるのです。

 

  神が義と見られる正しい人は、神とともにいる人です。良い事を行う人ではありません。暴虐に満ちた世、堕落してすべての者が地上でその道を乱していても、神を信じ、イエスの父なる神とともにいる人です。

 

  イエスの父なる神が、天地万物を造られた創造主だからです。この神が、永遠に生きておられる唯一の神、そして、永遠のいのちを与える神なのです。

 

  今は恵みの時、今は救いの日です。神の恵みを無駄に受けないようにしたいものです。

 

  神は、ノアの子セムの子孫であるアブラハムと契約を結ばれました。その契約により、アブラハム、イサク、ヤコブの神は、ヤコブの子孫、イスラエルを選び、神の民として養い、育てられました。神は、神の契約を破棄し、約束を破られることはありません。

 

  その契約に基づいて神の御子イエスは、イスラエルに生まれたのです。        

 

  いまだかつて神を見た者はいません。神の民として神に造られ、神との契約を持ち、神に仕えて来たイスラエルも、神を目で見たことはありませんでした。

 

  世が始まる前、天地万物が創造される前から、御父のふところにおられるひとり子の神が人となって来られ、その御子イエスが、神を解き明かされたのです。

 

  愛は神から出ているのです。愛のある者は皆神から生まれ、神を知っています、と聖書にあります。神から生まれなければ、神がわからないようです。神と人の繋ぐものは、信仰ですが、愛がなければ、神がわからないようです。 

 

  愛のない者には、神はわかりません。何故なら、神は愛だからです、と聖書にあります。

 

  イエスを愛する者のうちに、御霊が住まわれます。御霊は、真理に導き入れます。真理とは、御父であり、御子イエスであり、御霊である聖霊です。そして、神の交わりの中に導き入れられるのです。

 

  「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です」と、聖書にあります。

 

  救われるために、真理への愛(キリストの十字架の死と復活による贖いと、真理の御霊の導き)を受け入れましょう。神から出た愛を受け取りましょう。