ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

争いの源を知る 敵は悪魔

 

 神に反逆する者は、神のひとり子を妬み、神に逆らう天使長ルシファーでした。神は、悔い改めることのない反逆者を天から追放されました。

 

 悪魔は、天から追放された天使長の成れの果てです。天から落ちた天使長は、闇の王者悪魔と化したのでした。天使長とともに天から落ちた天使たちのうち、闇の王者に仕える者が悪霊と化しました。

 彼らは主権者になりたかったのです。王者になりたかったのです。神のような絶対的権威を持つ者になりたかったのです。

 

 天でそれを試みましたが、神のひとり子に敵うことなく、ひとり子の父である神に天から追放されてしまいました。

 堕天使長にとって、闇は権威者となる夢をかなえるものです。堕天使長は、闇の王者となりました。権威を持つ悪魔となったのでした。悪魔に悪霊どもが従います。

 

 堕天使たちのすべてが悪霊になったわけではなく、悪魔の支配下から外れた者も多くいます。闇を嫌って元天使長の支配を憎み、光の天使をこいねがう者たちも多くいたのです。

 

 悪魔は狡猾な蛇を手下として、神と神のひとり子がともに造られた人を騙しました。蛇は、悪魔に従う悪魔の子です。

 神は、蛇を怒り、悪魔の子と人の子との間に敵意を置かれました。蛇は狡猾でしたが、エバを騙すまでは、アダムとエバとほかの被造物との争いもなく、平和なエデンの園でした。しかし、今や、神は、蛇を呪われたものとされて、人の支配の外のものとされたのです。神が人と蛇との間に敵意を置かれたからです。

 

 蛇は人の敵となって、争いを仕掛けます。しかし、神は、女の子孫に、蛇の頭を踏み砕く神のひとり子を遣わされます。

 神は、アダムの子孫とは仰せられず、女の子孫と言われました。人は、エデンの園から追放されて、神の子の住む世界に置かれたのです。そこに住む神の子たちは、堕天使たちであり、彼らは、人の初めがアダムであったように、女の機能を持たない男であったのでしょう。

 人(アダムとエバ)の子に娘が生まれると、神の子たちは、人の娘がいかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻としました。(創世記6:1,2)

 

 地球上は、人(アダム)と神の子(堕天使)の間にできた人間で満ちました。純粋なアダムの子はいないのです。すべてのものは女から生まれることで、アダムの血を受け継ぐのです。

 

 神の子のままでしたら、堕天使には子孫ができません。子どもを生むことができないからです。女は、人の子の象徴です。

 神は、人のあばら骨から女を造られました。神は、人の子の子孫を、アダムの子孫とは呼ばれず、女の子孫と呼ばれました。

 

 蛇の子孫は、神に敵対する悪魔の子孫です。悪魔の心を持ち、悪魔の欲望に従って、神のものを憎み攻撃し、神のひとり子の権威を踏みにじる衝動にかられます。神のものを滅ぼすことを成し遂げるために力を尽くします。悪魔の子孫は、光を憎んでいるのです。

 

 神が、神のひとり子を地上に遣わすために選ばれた人は、アブラハムでした。神は、アブラハムの子孫から生まれるものを、蛇の頭を踏み砕く女の子孫、人の子とされるのです。

 

 アブハムと妻サライの女奴隷ハガルとの間に、イシュマエルが生まれました。しかし、それは、神の計画ではありませんでした。不妊の妻サラが、アブラムの子どもを得るために考えた策でした。アブラムは、神の契約の保証をまだ受けていませんでした。口約束の段階だったのです。

 

 神は、アブラムの名をアブラハムと改め、新しい人アブラハムと契約を結び、その契約の保証として、アブラハムの肉体に割礼を記されました。割礼を受けて、はじめて、神の契約が締結するのです。アブラハムは、割礼のしるしをもって、神の契約を結ぶ人とされたのでした。

 

 割礼を受け契約が締結したアブラハムと妻サラとの間に、神によって、アブラハムの子孫と呼ばれるイサクが生まれました。

 神は、イサクの子孫から、蛇の頭を踏み砕く女の子孫「人の子」をお生みになられました。それが、ダビデの町ベツレヘムで生まれ、飼い葉おけに寝かせられたイエスでした。イエスは、処女マリアの胎に宿った神のひとり子でした。

 

 イサクの子ヤコブの子孫イスラエルに神のひとり子イエスは生まれました。ヤコブの名前は、「かかと」という意味です。足のかかとです。

 

 神が蛇を罰して仰せられたことはこうでした。

 「女の子孫の彼(人の子として生まれる神のひとり子)は、おまえの頭(悪魔)を踏み砕き、おまえ(蛇、すなわち悪魔の子)は、かかと(ヤコブ)に噛みつく。」(創世記3:15)

 

 神は、蛇の子孫(悪魔の心を持つ悪魔の子ら)が、ヤコブ(ヤコブの子孫イスラエル)に噛みつく、と仰せられたのでした。

 

 アブラハムには、女奴隷ハガルの子イシュマエルがいますが、神の契約を受け継ぐ子ではないとして、イサクが幼児の頃に、イシュマエルを母ハガルとともに、アブラハムの家から追い出しました。

 妻サラが、「女奴隷の子は、私の子イサクといっしょに跡取りになるべきではありません。」と言ったからです。

 神は、アブラハムに仰せられました。

 「サラがあなたに言うことはみな、言うとおりに聞き入れなさい。イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるからだ。」(創世記21:12)

 

 ハガルとイシュマエルは、アブラハムのもとを離れ、パランの荒野に住みつき、彼は弓を射る者となりました。エジプト人のハガルがエジプトの国からイシュマエルのために妻を迎え、彼の子孫はアラブ人と呼ばれています。

 

 イサクが幼児の頃のことです。異母兄弟の兄イシュマエルが出て行って、イサクは、アブラハムのもとでひとり子として育てられました。アブラハムの財産はすべてイサクに受け継がれました。

 

 イサクが三十歳半ば過ぎに、神は、ひとり子イサクを神に献げるように命じられました。イサクが百三十歳を過ぎた老父から逃げ出すことは容易でした。しかし、イサクは、父アブラハムの信仰する神を信じ、父に従いました。

 神は、神を恐れるアブラハムの信仰とともに、イサクの信仰をもご覧になられました。

 神は、アブラハムの契約と祝福を、イサクに受け継がせられました。イサクは、アブラハムの契約と祝福を継承しました。

 

 母サラを亡くしたイサクに、アブラハムは、自分の生まれ故郷から息子の妻をめとりました。

 創世記2:24に「男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となる。」とあるように、イサクは、結婚によって父アブラハムの権威から離れ、妻リベカの権威者となりました。アブラハムとの神の契約は、イサクとの契約に移行しました。そして、アブラハムは、もう一人の妻ケトラをめとり、平安な老年を迎え、長寿を全うして息絶えました。

 

「アブラハムは自分の全財産をイサクに与えた。

しかしアブラハムのそばめたちの子らには、アブラハムは贈り物を与え、彼の生存中に、彼らを東のほう、東方の国にやって、自分の子イサクから遠ざけた。」(創世記25:5,6)

 

 聖書では、イサクを「アブラハムの子」といい、ほかの子どものことは「そばめの子」といい、区別されています。「アブラハムの子孫」と呼ばれるのは、イサクの子ヤコブの子孫(イスラエル)だけです。

 それゆえ、神がカナンの地を与えられたのは、イスラエルであることを理解しなければなりません。

 

 イスラエルは、神の与えられた地のために戦っています。神がお与えになった相続地を守るために戦っているのです。

 

 神のひとり子を妬み、神に敵対し、天から追放された堕天使長の悪魔は、神のひとり子の座を奪おうとして、牙を向けます。

 ずる賢く、闇の王者の悪魔にうまく立ち回る蛇(悪魔の子の子孫)は、彼(女の子孫の人の子キリスト・イエス)のかかと(ヤコブすなわちイスラエル)に噛みつく、と神である主は仰せられました。

 

 神は、エデンの園にいる時に、すでに、このことをご覧になっておられました。イスラエルが攻撃されているのは、神の民であるがゆえです。なぜならば、ユダヤ人は、神のひとり子キリストの兄弟なのです。キリストは、ユダヤ人の同胞です。

 悪魔は、神のひとり子に敵対する者です。悪魔はキリストの敵です。悪魔は、神のひとり子イエス・キリストを憎み、キリストを「王」として立たせるイスラエルを絶滅するために働いているのです。

 

 これは土地の相続の問題の以前にある、悪魔の深い憎しみ、怨念によります。

 神のひとり子に敵対する悪魔は、アブラムの肉の欲求によって生まれたイシュマエルの子孫を使って、神の御子キリストの同胞であるイサクの子孫ヤコブの子らのいのちを狙っています。彼らの目的はイスラエルの土地を得ることだけではありません。ユダヤ人の撲滅を目的としていることを知らなければなりません。

 

 ユダヤ人を妬み、殺意に燃える異母兄弟がいなければ平和ですが、敵は、撲滅をもくろんでいるということを念頭に入れる必要があります。敵の背後には闇の王者悪魔がいるということです。

 

 キリストにあって、クリスチャンはユダヤ人の兄弟です。ユダヤ人は、神に召されたアブラハムの子孫ゆえに、苦しめられています。悪魔の標的は、常に、神の御子を生んだイスラエルにあるのです。

 

 クリスチャンは、イエス・キリストにあって神の民に加えられるのですから、ユダヤ人の兄弟として、イスラエルの守りのために祈りましょう。ユダヤ人を憎む者は、蛇の子孫たちです。神の御霊に教えられる神の子どもではありません。

 

 神は、イスラエルに約束しておられます。

 「わたしはあなたがたを諸国の民の間から連れ出し、すべての国々から集め、あなたがたの地に連れて行く。

 わたしがきよい水をあなたがたの上に振りかけるそのとき、あなたがたはすべての汚れからきよめられる。わたしはすべての偶像の汚れからあなたがたをきよめ、あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。

 わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの定めを守り行なわせる。

 あなたがたは、わたしがあなたがたの先祖に与えた地に住み、あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。」(エゼキエル36:24-28)

 

 神の約束を掲げて祈りましょう。

 「主よ。あなたがユダヤ人をイスラエルの地に集められました。あなたはイスラエルの地で、ユダヤ人の上にきよい水をふりかけ、彼らを汚れからきよめる、と言われました。

 そして、彼らに神を知る新しい心を与え、彼らを縛る律法の束縛を取り除き、生ける神の霊を授けると約束されました。

 主よ。ユダヤ人たちを彼らの先祖の地イスラエルに帰らせたのは、彼らの待ち望むメシア(神の御子イエス・キリスト)を迎えるためではありませんか。

 どうか、悔い改めの霊を注いでください。神のことばのうちにあって、イスラエルに帰還したユダヤ人を祝福し、真理の光で照らして思いの暗くなった彼らを神に立ち返らせてください。神のキリストを知り、神と和解する新しい心をお与えください。

 主よ。ユダヤ人はあなたの民なのですから。」

 

 主は御自分の民から目を離されることはありません。

 「イスラエルの家よ。わたしはあなたがたをそれぞれの態度にしたがって裁く。―神である主の御告げ。―悔い改めて、あなたがたのすべての背きの罪を振り捨てよ。不義に引き込まれることがないようにせよ。

 あなたがたの犯したすべての背きの罪をあなたがたの中から放り出せ。こうして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか。

 わたしは、だれが死ぬのも喜ばないからだ。―神である主の御告げ。―だから、悔い改めて、生きよ。」(エゼキエル18:30-32)

 

 ユダヤ人とアラブ人の救いのために祈りましょう。メシアを知り、イエス・キリストを心に迎える者とされますように。そして、イスラエルの平和のために祈りましょう。