「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。」(へブル12:2、3)
イエス・キリストは、神の子どもとされる私たちの信仰の創始者です。十字架によって罪が赦され、神に義とされ、神の御霊によって死から甦られました。
イエスご自身は罪を犯されませんでしたが、肉体をもって来られた以上、からだが贖われなければ天に帰ることができません。十字架で肉に死に、神に義とされ、イエスのからだが贖われました。肉のからだは贖われ、霊のからだ(肉に死に、神が死から甦らせてくださるという神への信仰により、神の御霊によって得る復活のからだ)を受けられました。
イエス・キリストを信じる者は、このキリストの信仰をいただくのです。神から聖霊のバプテスマを授ける権威を与えられたキリストが、キリストを信じる者に、生かす御霊を授けられます。私たちは、生かす御霊によって、永遠のいのちを得て、復活のからだを受けるのです。
イエス・キリストは御救いの完成者です。
神が人に用意された御救いは、神の子羊イエスの信仰によって始まり、神から復活のからだをいただいて死から甦られ聖霊のバプテスマを授けられるキリストのみわざによって完成します。
イエスは、十字架の後に用意されている神の栄光と、喜びのゆえに、ご自分の民(ユダヤ人)から受ける反抗を忍び、はずかしめをものともせずに、十字架を忍ばれました。
「神が多くの子たち(私たち)を栄光に導くのに、彼ら(私たち)の救いの創始者(イエス・キリスト)を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。」(へブル2:10)
「イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、(私たちに対する)神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。」(へブル2:9)
地球は、産みの苦しみをしています。神の御子イエスは、神の子どもたちを生むために、産みの苦しみをされました。
新しいものが誕生するのに、苦しみが伴います。私たちが、苦しみの中にいるとき、罪人たちの反抗をしのばれた私たちの主イエス・キリストのことを考えましょう。信仰の創始者イエス・キリストを考えるのは、私たちの心が現状に飲み込まれて元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。
「もし私たちが、彼とともに死んだのなら、彼とともに生きるようになる。もし耐え忍んでいるなら、彼とともに(後に現われる千年王国の神の国を)治めるようになる。もし彼(キリスト)を否んだなら、彼もまた私たちを否まれる。」(テモテ第二2:11,12)
ガザ地区の病院にロケット弾が落ち爆発しました。
イスラエルが綿密な調査をした結果、その時刻に空爆を発射させていないこと、また、それは、ハマスではなく、パレスチナ武装組織「イスラム聖戦」が、病院のそばの墓地から発射させたロケット弾が誤って空中で分解し、その一部が病院に落ちて爆発したことがわかっています。
しかし、世の人々は聞く耳を持たないことでしょう。
日本の北方領土「択捉島(えとろふとう)、国後島(くなしりとう)、色丹島(しこたんとう)、歯舞群島(はぼまいぐんとう)」に、日本人とロシア人しかいません。―多くの日本人が墓の中に眠っています。―北方領土人(択捉島人、国後島人、色丹島人、歯舞群島人)という民族はいないのです。もし、ロシアが北方領土で満足せず、北海道にまで侵攻するならば、ただちに日本は北海道を守る体制に入るでしょう。
神は、約束どおり、世界に離散していたユダヤ人に、ユダヤ人の国をお与えになりました。四千年前、ユダヤ人の父祖アブラハムに、アブラハムの子孫(イスラエル)にカナンの地(ナイル川からユーフラテス川までの広大な土地)を与えると約束しておられた神が、イスラエルの神となられて、神の民ユダヤ人の国をその約束の地(かつてイスラエル王国があって、多くのユダヤ人の先祖が眠っているカナンの地)をお与えになったのでした。しかし、ユダヤ人が受けた土地はわずかであり、日本の四国くらいの面積しかありません。
そのわずかに譲り受けた先祖の地を、ユダヤ人から奪おうとする敵に囲まれています。イスラエルには、ユダヤ民族とアラブ民族がいるだけです。他の民族は外国人です。
日本人は韓国人から憎まれています。韓国人(韓国人のすべての人ではありませんが)は日本人を赦すことを嫌い、日本人を憎むことを決め、日本人を憎むことで韓国人を一つとします。憎むことを決めている民族との平和は難しいものです。和解が成立しないからです。
ユダヤ民族とアラブ民族との和平も、他国が考えるほど容易なものではありません。
「ダビデ(イスラエルの王)の子孫として生まれ、死者の中から甦ったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。」(テモテ第二2:8)
イエス・キリストはユダヤ人です。
ユダヤ人は私たちに聖書を与えてくれた民族です。ユダヤ人は私たちに救世主イエス・キリストを与えてくれた民族です。救いはユダヤ人から出る、と聖書にあります。
信仰によれば、神はユダヤ人とともにおられます。たとい、背信の罪(神が遣わされたキリスト〈救い主〉を信じず、拒み、聞き従わなかった罪)を犯し、神を悲しませていても、ユダヤ人は神の民です。
罪を犯したからと言って捨てることはありません。子を愛する母親は、犯罪を犯した子をも我が子と呼び、見放したりしません。
永遠に生きておられる唯一まことの神、主は、永遠の変わらぬ愛をもって、イスラエルに語っておられます。
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。
見よ。わたし(神)は手のひらにあなた(イスラエル)を刻んだ。」(イザヤ49:15、16)
後に現われる(千年王国での)イスラエル王国の国民とされるクリスチャンたちには、イスラエルが私たちの信仰の礎であることを知っていただきたいのです。