ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

イスラエルは人類の救いのため

 

 アダムとエバから始まった人類は、いのちの神から外れて、死と裁きが定まっています。オギャ―と生まれて来て、それぞれの人生がスタートしても、行き先はみな同じです。どの国の人も、どの民族の人も、どの世代の人も、死んで埋葬されます。女(母親)から生まれ、死んで土に還るのです。

 行き先がみな同じで、死んで墓に入るのなら、何の楽しみがありましょうか。生きている時間を精いっぱい楽しんで生きることが唯一の希望でしょうか。

 

 人間にはっきりと示されていませんが、死後に裁きがあるというのです。だれが裁くのでしょう。真理を探究した人々によって、死後の裁きと天国と地獄という概念が知れ渡りました。裁きの基準は何でしょう。

 

 受験生は、受験に合格するために、志望校の過去の試験問題で対策を十分に重ねます。人生の試験の過去の問題がわかれば、対策できるのではないでしょうか。しかし、その対策をどこに尋ねたらよいのでしょう。

 

 仏教、キリスト教など様々な宗教により、あらゆる対策方法があるように思います。しかし、いったい、裁く方はどなたなのでしょう。裁く方を知れば、傾向と対策に有利ではないでしょうか。

 

 人類の最初の人が、アダムとエバだとだれが決めたのでしょう。また、どのようにしてそのことを知ったのでしょう。

 

 死に定められた人間は、真理(神)から遠く離れています。真理を探究しても、光を見るだけで、それを言葉として捉えるのは至難の業です。いい所まで行くのですが、真理そのものの中に辿り着けません。

 それゆえ、阿弥陀様や仏様やおのおのの神様の名を呼ぶだけです。自分では見ることも聞くこともできないのです。

 

 天地万物を創造したという創造主なる神が、宇宙誕生に起因していると言います。

 アダムとエバから、エデンの園の話や、ふたりがともに語り合っていた神の話を言い聞かせられた子孫の間で、それを信じる子孫によって、神を恐れることを学ぶ人がいたのでしょう。それで、目に見えぬ神の存在に畏敬の念を抱く人々もいたのです。

 

 神は、地球上のすべての民族の中で、アブラハムを選び、アブラハムの子孫を祝福することと、神が与えるカナンの地を相続することとアブラハムの子孫に世界を救う救世主(キリスト)を遣わすことを約束し、契約を結ばれました。

 

 神は、契約に忠実な方です。契約を結んだアブラハムも、恐れをもってそれを受け、イサク、ヤコブと子孫に受け継ぎました。アブラハムの祝福と契約は、アブラハムの子孫の祝福と契約として継承されたのです。

 神は、ヤコブの十二人の息子と、再び契約を結ばれました。それで、ヤコブの子ら(ユダヤ民族)は、「神の民イスラエル」となり、神は、「イスラエルの神」となられたのです。

 

 神は、イスラエルに預言者を立てて、聖書のことばを与えられました。聖書によって、人類はアダムとエバのふたりから始まり、天地万物はひとりの全知全能の神によって創造されたことを知ったのです。それは、人から出たものではなく、生ける神のことばであって、始まりをはっきりとさせられました。

 

 生きものは種類ごとに造られていること、人は男と女に造られていること、また、初めはひとつの言葉であったが、心一つとなって神に立ち向かう人々の力を砕くために、神が様々な言語に分けて言葉を通じなくさせたことで、様々な民族に分かれたという、民族の起源についても書かれています。

 

 イスラエルが誕生するまでのことや、それ以前の世界のことも、「光あれ。」の神のことばによって天地創造が始まったことも、また地球の歴史と人の歴史が聖書によって知らされました。イスラエルは、人類の救いのための神の使命を託された神の祭司の民なのです。

 

 神は、イスラエルを神の民とし、御救いを約束しておられます。御救いとは何からの救いでしょうか。死と死後の裁きからの御救いです。

 聖書には、天地万物を造られた神のわざが書かれています。御使いや、天から追放された堕天使のことも書かれています。神は、イスラエルに、人類に隠されていた神の奥義を知らされました。真理は天の神御自身であることを教えられている民族は、ほかにありません。

 

 神に反逆する天使長を天から追放され、天地万物を造られ、人を造られ、神のことばに背く人をエデンの園から追放され、また、死と死後の裁きを定められた永遠に生きておられる神を知る民族は、地球上の民族の中で、イスラエルだけでした。

 しかも、神はイスラエルの神と名乗られ、「イスラエルの神と呼ばれることをわたしは恥とはしない。」と仰せられるのです。

 

 神は御自身のみ旨のうちに、イスラエルを導かれ、祭司の国民にふさわしく、ねんごろに育てられました。そして、神の祭司の務めを担うイスラエルのうちに、罪の贖いの神の子羊イエスを遣わされました。神は、神のひとり子に肉体を造り、女から生まれる人の子としてユダヤ人の処女から生まれさせられました。イスラエルの王ダビデの子と呼ばれるキリストです。

 

 キリストは、神の民をきよめるため、罪の贖いの子羊となられて、祭司の国民ユダヤ人の手によって屠られました。キリストの血は、イスラエルの罪を贖い、死んだ子羊は神に義とされて、死から甦り、神の御霊による復活のからだの新しい人とされて、天に上り、神の御座の右に着座されました。

 

 イスラエルは、このキリストを世に迎えるため、また、神の祭司として贖いの子羊の血を流して罪人の罪を贖うために、神が造られた民族なのです。

 

 イスラエルが人類を救うのではありません。

 イスラエルが生んだキリスト・イエスが、死んで滅びゆく罪人の罪を贖い、神に義とされる者とされます。そして、キリストは、ご自身が死から復活されたと同じ生かす御霊を授けて、罪の贖われた人に死から甦る「永遠のいのち」を得させて、復活のからだを受ける新しい人(神の子ども)に創造されるのです。

 

 神は、神のひとり子キリスト・イエスによって、御救いの手順を明らかにしておられます。

 神が遣わされた救世主キリストの贖いの血を信じ、自分の罪を神に言い表わして罪を悔い改め、イエス・キリストを主と告白する信仰を持つならば、キリストの生かす御霊が授けられます。

 キリストの御霊を受けて御霊によって新しく生まれ、御霊に導かれて生きるならば、キリストに似た新しい人に造り変えられるのです。キリストに似た者とは、神を「アバ、父。」と呼び、神のことばにへりくだり、神の栄光を喜ぶ、神の子どもです。

 

 創造主であられ、裁き主であられる天の神が用意された御救いとは、死と裁きが定められた滅びゆく罪人の御救いのために、天から救世主イエス・キリストを遣わされ、キリストの民となった者を新しい人に造り変えて、キリストとともに天の御国を相続する神の子どもとしてくださるという、神の御子イエス・キリストによる御救いです。

 

 

 御救いの約束は、イスラエル民族の中に秘められていました。神の御子キリスト・イエスがイスラエルに来られたことで、真理の光がイスラエルに輝きました。文字(聖書)の神が、人の子イエスとなってイスラエルに現われて、イスラエルの神であられる(イエスの)父なる神について証し、イスラエルの子らに、天の御国について、永遠のいのちについて、イエスご自身の口で語り、明らかにされました。

 

 イスラエルに与えられた真理の光は、啓示の光となって異邦人をも照らしました。キリストの御救いの福音を携えて、イエスの弟子たちはキリストを宣べ伝え、福音は異邦人にまで及んだのです。

 イエス・キリストの御名は聖書とともに、世界中の国々に宣教され、世界中の民族に宣べ伝えられました。

 

 聖書を知らない人々にも、世を救う救世主イエス・キリストの御名は知られています。御救いは、世界中に言い広められて、明らかにされています。

 神は、子羊キリストの血によって、神の民をきよめられます。罪人の罪の贖いのために流されたキリストの血ですが、罪の赦しを求めてイエス・キリストの御名の権威の中に入って来ない者は、罪が贖われていない罪人のままです。すなわち、死と裁きが定まっている生まれながらの滅びるべき罪人です。

 

 死が定まっている生まれつきの罪人に、創造主であられ、死後の裁きをされる裁き主であられる唯一の神が備えてくださった御救いの手立ては、神のひとり子キリスト・イエスを「わが神、わが主。」と信じる信仰です。

 救いは、ユダヤ人から出ました。神が、救いの礎をイスラエルに置いておられるからです。

 

 人の死と死後の裁きとを定められたのがイスラエルの神ならば、死と死後の裁きから救うのも、イスラエルの主です。イスラエルは、人の生死の秘密(永遠の火の池とそこから救い出される永遠のいのち)を託された神の民なのです。

 そして、神の子どもとされた人々はみな、イスラエルに加えられます。神は、キリストによって、永遠に生きる新しい神の民イスラエルを造られるのです。

 

 しかし、現在、イスラエルの思いが暗くされていて、御救いが託された民族である当のユダヤ人が、イエス・キリストを信じず、神の御救いを受け取っていません。それは、御救いが異邦人に及ぶようにとの神の御配慮であって、異邦人の時が満ちれば、ユダヤ人はみな救われるのです。