ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

新しい人を着た神の子どもたち

 

 「あなたがたは、古い人をその行ないといっしょに脱ぎ捨てて、新しい人を着たのです。」(コロサイ3:9,10)

 

 古い人とは、生まれながらの人間であり、朽ちて行く肉の人です。

 地上のからだ(肉体)の諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、むさぼりがそのまま偶像礼拝(聖なる神を汚し、義なる神に逆らう悪魔礼拝)であり、このようなことのために、神の怒りが下るのです。

 

 女から生まれた人(母の胎から生まれ出た肉の人)はみな、怒り、憤り、悪意、そしりなど肉の性質を帯びた古い人です。

 御霊によって生まれ、御霊の新しい創造を受けている人が新しい人であり、御霊の新しい創造を受けていない人(真理の御霊によって新しく造り変えられていない人)は生まれつきのままの古い人です。

 

 古い人(肉の人)は、地上のものを思いますが、新しい人(新生し、永遠のいのちを得る人)は天にあるものを思います。

 

 新しい人は、肉(滅びゆく生まれつきの性質)は、神の子羊の贖いの血によって死んでおり、いのちは、キリスト(贖い主)とともに、神のうちに隠されています。

 

 聖書にこう書かれています。 

 「あなたがた(真理の御霊を受けた人々)はすでに(十字架にかかられた神の子羊イエスとともに、肉においては、神の子羊イエス・キリストの十字架の死のうちにあって)死んでおり、あなたがたのいのち(死から復活する永遠のいのち)は、キリストとともに(キリストの御霊のうちにあって)、神のうちに隠されてあるからです。

 私たちのいのちであるキリスト(私たち罪人の罪をご自身の血によって贖い、神にへりくだる人々を神と和解させられた、神と人との仲介者であられるキリスト)が現われると、そのときあなたがたも、(天から来臨される)キリストとともに、栄光のうちに現われます。(神の子羊キリスト・イエスの再臨のとき、御霊の新しい創造を受けた魂〈新しい人〉はみな、復活のからだをいただいて、死から甦るのです。)」(コロサイ3:3,4)

 

 「新しい人(肉の古い人を脱ぎ、新しい人を着た人)は、造り主のかたちに似せられて(真理の御霊に教えられ、また、導かれて)ますます新しくされ、真の知識に至る(とこしえの神の御国に至る)のです。

 そこには、ギリシヤ人(律法のない異邦人)とユダヤ人(律法の民)、割礼の有無(神と契約を結ぶ割礼の民と、契約のない無割礼の民)、スクテヤ人(人間刈りをするような未開人)、奴隷と自由人というような区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。(キリストの御霊〈真理の御霊〉によって新しい創造を受けた人々が、キリストとともにとこしえの御国にはいるのです。)

 それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがた(御霊に造り変えられる新しい人々)は深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

 互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し愛なさい。主があなたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。

 そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。

 キリストの平和(神との和解のしるしである真理の御霊)が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて(キリストと)一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。(肉のアダムが神のことばとひとつとなって被造物を支配する者として造られていたように、新しい人を着た霊のアダムは神の子羊イエス・キリストとひとつとなってキリストの平和(神のことばとの一致、真理の御霊)によって支配される者となるために召されているのです。)

 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌(詩篇の朗読や、心からの喜びの賛美や、地上のものではない御霊がくださる賛美)とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。

 あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によって(自分のためではなく、ほかの人々や主義のためにではなく、私たちの罪を贖い、ご自身の血で私たちの魂を買い戻してくださった神の子羊イエス・キリストのために)なし、主(の御霊)によって父なる神に感謝しなさい。」(コロサイ3:10-17)

 

 「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。

 あなたがたは、主から報いとして、御国を相続させていただくことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。(御霊を飲んで、地上に属する者ではなく天に属する人となり、永遠に生きておられるキリストに仕える者とされたのです。)

 不正を行なう者は、自分が行なった不正の報いを受けます。それには不公平な扱いはありません。」(コロサイ3:23-25)

 

 どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、神に受け入れられるのです。神はかたよったことをなさいません。

 

 「神はイエス・キリストによって、平和(神との和解)を宣べ伝え、イスラエルの子孫にみことば(聖書と預言と預言の成就)をお送りになりました。

 このイエス・キリストはすべての人の主です。(神の子羊イエスは、世界中のすべての民族、すべての国民を造り、罪を裁かれる神のひとり子であられ、ご自分の肉〈裂かれた肉〉と血〈流された血潮〉とによって、神との和解を得させられ、永遠のいのちを得させられる、唯一の救い主キリストです。)

 神は、この方(ナザレのイエス)に聖霊と力を注がれました。このイエスは、神がともにおられたので、(イスラエルの地、ユダヤ人の間を)巡り歩いて良いわざをなし、また悪魔に制せられているすべての者を癒されました。

 イエスは(イエスを信じる)私たち(イエスの弟子たち)に命じて、このナザレのイエスこそ生きている者と死んだ者との裁き主として、神によって定められた方であることを人々に宣べ伝え、そのあかしをするように、言われたのです。

 イエスについては、預言者たちもみな、この方(神の御子キリスト・イエス)を信じる者はだれでも、その名によって罪の赦しが受けられる、とあかししています。(聖書には、神の御子イエス・キリストの御名によって、罪の赦しを受け、真理の御霊を受けるならば、永遠のいのちを得させられることが書かれています。)」(使徒10:36、38、42,43)

 

 新しい人を着た神の子どもたちは、これらのこと(真理)を知る者として、真理の御霊に導かれて、神に仕えているのです。

 

 キリストの平和(世が与える平安とは違います。神がキリストのあとに遣わされたもうひとりの助け主「真理の御霊」によって与えられる、だれも奪い去ることのできない平安)が、私たちの心を支配するためにこそ、私たちは神に召されていて、新しい人となってキリストと一体となるのです。

 

 新しい人を着た神の子どもたちは、御霊に教えられ、感謝の心を持ち、結びの帯としての愛を与えられた、天上のいのちに生かされる人々です。

 

 かつて、罪の下にあり死と裁きが定められていた古い人であった私たちは、神の憐れみと御恵みとによって、救い主「神の子羊イエス・キリスト」の血によって罪が赦され、もうひとりの助け主「真理の御霊」の洗いによって、新しい人を着る者としてくださいました。

 

 私たちの魂は、これらの真理を信じる信仰をお与えくださった神をほめたたえ、私たちにいのちをお与えくださった神の子羊キリストを愛し、新しい創造によってとこしえに祝福してくださる聖なる御霊に感謝します。