ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

助け主を必要としない教会

 

 アブラハムを選び、アブラハムと契約を結ばれた生けるまことの神は、アブラハムの子イサクの子ヤコブを選び、イスラエルとされました。

 

 ヤコブの十二人の息子を族長とする十二支族がユダヤ民族と呼ばれるイスラエルです。イスラエルは、神のひとり子を地上に迎える神の祭司の民です。救いはユダヤ人から出ることを神が定めておられました。

 

 キリスト(救世主)はユダヤ人から生まれました。神が、御自分の御子を御自身の民イスラエルに遣わされたのです。キリストは、肉体を持つ神のひとり子です。神の御子は、神が御自身の民として造られ、ほかの民族と区別し、割礼の契約と神の律法により聖別したイスラエルに遣わされました。

 

 イスラエルは、神から聖書を与えられた国民です。神は、預言者と詩篇とモーセの律法によって、メシアを遣わすことをイスラエルに約束しておられました。

 ユダヤ人たちは、メシアの現れを待ち望む神の民でした。

 

 生けるまことの神は、「イスラエルの神」と名乗られ、イスラエルに御自分のひとり子を遣わされたのです。

 神は、イスラエルに人間に隠された秘密を明かされています。世の始まりから世の終わりまで、また、人の成り立ちと、水で世を滅ぼされたこととノアの救いのことも、知らされました。

 

 水で滅ぼされた神は、今度は火で滅ぼすと定めておられます。水で滅ぼす前に、神の心にかなう正しい人ノアに、水の裁きから救われるための箱舟を用意させ、ノアとその家族八人を洪水から救い出されました。このノアの家族から、地球の営みは再スタートしたのです。そして、世界に人が満ちました。

 

 火で滅ぼす前に、神の心にかなう正しい人々を救い出すために、神は天からメシアを遣わされました。ユダヤ人たちが待ち望んだ、ユダヤ人から出た主キリスト、神の御子イエスです。

 

 イスラエルは、神のことばがゆだねられた神の民です。ユダヤ人たちは、聖なる神の民であることを自負していました。救いはユダヤ人とともにあると信じていました。

 しかし、神の御子キリストが来られたのに、イスラエルはナザレのイエスを信じることができませんでした。先祖アブラハムやモーセやダビデが待ち望んだ主が肉体をもってユダヤ人の間を歩まれたのに、イエスが神の御子キリストであることがわからなかったのです。

 

 イスラエルは、神が遣わされたメシアを殺し、ほかのメシアを待ち望んでいます。神から遣わされたキリストを退ける者は、キリストを遣わされた神を退ける者です。イスラエルを選び、ほかの民族と区別して祝福された神に辱しめを与える者です。

 

 神が遣わすと約束され、実行に移してイスラエルに遣わされた神の子羊イエス・キリストを信じないイスラエルは、もはや、神の救いを受ける神の民イスラエルではありません。

 

 キリスト・イエスを信じる異邦人は、この愚かさを蔑みます。救い主イエスを退け、唯一のキリスト(救い主)なしで救いを得ようと考えるユダヤ人を笑うのです。

 

 神とイスラエルとの契約は、いのちと平和であって、神は、イスラエルにそれをお与えになったのです。しかし、イスラエルは不信仰ゆえに、それを受け取ることができませんでした。

 

 それで、神はイスラエルの祭司とユダヤ人たちに宣告されました。

 「祭司のくちびるは知識を保ち、人々が彼の口から律法を尋ねるのが当然である。彼は万軍の主の使者だからだ。ところが、あなたがたは道を離れ、多くの人を教えてつまずかせた。あなたがたはわたしの道を守らず、『主は私たちの中におられるではないか。わざわいは私たちの上にかかって来ない。』と言う。

 わたしもまた、あなたがたを、すべての民に蔑まれ、軽んじられる者とする。あなたがたをすべての民の前に侮られ、卑しめられるようにする。」(マラキ2:7-9)

 

 神が、神の遣わされた主キリスト・イエスによって、イスラエルの御救いを成就されました。

 

 イエスの弟子たちがキリストの福音を宣べ伝えました。しかし、パウロは言います。

 「私が出発したあと、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らしまわることを、私は知っています。あなたがた自身の中からも、いろいろな曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。」(使徒20:29,30)

 

 イエスも、神の麦畑に毒麦の種がまかれることを語っておられました。悪魔が、神の国を壊そうとして働くのです。

 

 キリストが授けられた聖霊によって生まれた神の教会は、御霊を消す者たちによって荒らされました。そして、神の契約を持つ割礼の民ユダヤ人は、神の教会から締め出され、イエス・キリストの御名を呼ぶ異邦人のキリスト教会となったのでした。

 

 神の民イスラエル(ユダヤ民族)の外に、本当の神の民イスラエル(キリスト教会)を得たと、イエス・キリストを主とする人々は思っていました。神の御子イエス・キリストを主とする自分たちこそ、救いにふさわしい神の民だと自負しています。

 

 しかし、キリスト教会は、キリストの御救いを教えながら、イエスの同胞のユダヤ人を迫害し、キリストの御霊を消しました。聖霊によって生まれた神の教会から、聖霊を締め出したキリスト教会は、聖霊を否定する教会すら起こったのです。

 

 聖霊は、死から復活されたイエス・キリストの御名によって、神が遣わされるもうひとりの助け主です。イエス・キリストの死と復活によって生まれる新しいイスラエルを創造されるキリストの御霊です。

 

 神は、キリストの御霊によって、啓示を与え、真理を悟らせ、いのちの道に導かれるのです。神の子羊イエスが世を去ると、イエスの弟子たちに、もうひとりの助け主、真理の御霊が遣わされました。御霊が、目に見えないいのちの道に入る新しい人に造り変えてくださるのです。

 

 死んでいた私たちの霊を生かす御霊です。御霊の助けがなければ、どうして、死から甦ることができるでしょう。どのようにして、いのちを得ることができるでしょう。

 

 聖霊を否定する教会、御霊を消す教会は、助け主のいない教会です。盲人が盲人の手引きをする、いのちの道に辿り着くことのできない教会です。

 

 神が遣わされた天からの救い主イエス・キリストを信じないユダヤ人を侮る人々は、同じ過ちを繰り返さないように、神を畏れなければなりません。

 

 神が天から遣わされた、もうひとりの助け主「聖霊、すなわちキリストの御霊」を受け取らなければ、神がひとり子イエス・キリストにあって造られる、キリストのからだではありません。

 

 キリスト教会は、十字架の主を信じて永遠のいのちと御救いを受ける約束に満足してはいけません。御霊なしで、天からの助け主なしで、どうやって御救いを完成させようというのでしょうか。

 

 約束のあったイスラエルは、救い主キリスト・イエスを受け取らないで、御救いから外れました。

 神の子どもとされる特権を得たキリストの民(キリスト教会)もまた、約束の助け主を受け取らなければ、神の子どもに新しく造り変えられることはないのです。神の子どもとされる特権を持つ人は、生かす御霊によって、神の子どもに新しく造り変えられる必要があるのです。

 

 助け主の約束を信じて、助け主であられる聖霊を、神に求めましょう。イエス・キリストの御名によって授けられる聖霊が与えられるのは、神の約束ですから、必ず、求める者に与えてくださいます。

 

 聖霊を受けた人は、御霊の声を聞くことができるように求めましょう。そして、御霊に聞き従う歩みを、助け主に教えられながら、一歩一歩進めていきましょう。

 

 御霊によって生まれ、御霊によって導かれる人は、御霊の教会に属する人です。目に見える教会ではありませんが、御救いを受ける確かな教会です。