ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

いのちの空間

 

 神は、大阪・関西万博の大屋根リングの空間を、いのちの空間として、示してくださいました。

 

 それは、母親の胎内のようです。神は、そこに神のいのちを置いておられ、その中に入った人々の霊に触れて霊を覚醒してくださり、魂の中にある素直な部分によって、いのちを尊重して、いのちと結びつく人を、霊的な感性をもって生きる人に生まれさせてくださるように思います。

 

 ほぼ中央にある「静けさの森」のゾーンは、自然と人、テクノロジーが交差するインスタレーション(場所や空間全体を作品として体験させる芸術)が点在しており、森に響く音、風に揺れる光、時間とともに移ろう影など、環境と一体となりながら、森がいのちのネットワークとしてアートと結びつき、未来への感覚的な気づきを生み出す「未来につながる森」の機能があるようです。

 

 万博会場の中でありながら、喧噪から離れた新しいいのちが芽吹く静かな森の中で、"いのち"をテーマにした様々な体験を通じて、地球や自分自身の"いのち"に思いを馳せることができるように、設計されているようです。

 

 私は、大屋根リングの中央には、いのちを生みだす、いのちの木のような働きを秘めた場所がある、と思いました。

 まるで、日本神道の神社のような神聖な場所のようです。神が臨在しておられる場所です。

 

 いのちがテーマの万博会場には、人間の設計で造られたとは思えないような、神の意図が見えました。

 

 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会の、大阪・関西万博の理念とテーマ事業の考え方というページを見ると、「私たちのいのちは、この世界の宇宙・海洋・大地という器に支えられ、互いに繋がりあって成り立っている。その中で人類は、環境に応じて多様な文化を築き上げることにより、地球上の至るところに生活の場を拡大した。その一方で、人類は、利己を優先するあまり、時として、自然環境をかく乱し、さらには同じ人類の他の集団の犠牲の上に、不均等な社会を作り上げてきてしまったのも事実である。そして今、生命科学やデジタル技術の急速な発達にともない、いのちへの向き合い方や社会のかたちそのものが大きく変わりつつある。

 いのちそのものを改編するまでの高度な科学を築き上げた私たちには、人類が生態系全体の一部であることを真摯に受けとめるとともに、自らが生み出した科学技術を用いて未来を切り開く責務があることを自覚し、行動することが求められる。自然界に存在するさまざまないのちの共通性と相違性を認識し、他者への共感を育み、また多様な文化や考えを尊重しあうことによって、ともにこの世界を生きていく。そうすることによって、私たち人類は、地球規模でのさまざまな課題に対して新たな価値観を生み出し、持続可能な未来を構築することができるにちがいない。」という信念に基づいて開催されているそうです。

 

 現在開催されている大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」であり、いのちの輝く未来社会の実現のために、8つのテーマ事業が設定されているそうです。

 

 生態系全体の中にある私たちのいのちの在り方を確認するために、「いのちを知る」ことをテーマにした事業。

 宇宙・海洋・大地に宿るあらゆるいのちのつながりを感じ、共に守り育てるために、「いのちを育む」ことをテーマにした事業。

 危機に瀕し、人類は「分断」を経験する。「わたし」の中の「あなた」を認めるいとなみの行方に、多様ないのちが、それぞれに、護られてゆく未來を描くために、「いのちを守る」ことをテーマにした事業。

 自然と文化、人と人とを紡ぐ「食べる」という行為の価値を考え、日本の食文化の根幹にある「いただきます」という精神を発信するために、「いのちをつむぐ」ことをテーマにした事業。

 新たな科学技術で人や生物の機能や能力を拡張し、いのちを広げる可能性を探求するために「いのちを拡げる」ことをテーマにした事業。

 遊びや学び、スポーツや芸術を通して、生きる喜びや楽しさを感じ、ともにいのちを高めていく共創の場を創出するために、「いのちを高める」ことをテーマにした事業。

 自然と人工物、フィジカルとバーチャルの融和により、自然と調和する芸術の形を追求し、新たな未来の輝きを求めるために、「いのちを磨く」ことをテーマにした事業。

 個性あるいのちといのちを響き合わせ、「共鳴するいのち」を共に体験する中で、一人ひとりが輝くことのできる世界の模式図を描くために、「いのちを響き合わせる」ことをテーマにした事業。

 

 これらの8つのテーマ事業から得られる体験は、人びとにいのちを考えるきっかけを与え、創造的な行動を促すものとなることが期待され、また、他者のため、地球のために、一人ひとりが少しの努力をすることをはじめるならば、その重なり合い、響きあいが、人を笑顔にし、ともに「いのち輝く未来社会をデザインすること」につながっていく、そして、世界の人びとと、「いのちの賛歌」を歌い上げ、大阪・関西万博を「いのち輝く未来をデザインする」場としたい、とのことです。

 いのちを起点に、世界の人びとと未来を共創する挑戦だそうです。

 

 異邦人の時の完成が近づく中、神は、人々の思いをいのちに向けさせて、霊を覚醒し、いのちの根源(神)、すなわち、生ける神の霊を感じる感性を呼び覚まし、新しい次元(肉体を持つ人間の世界ではなく、霊の世界いのちそのものの世界)に思いを向けさせ、永遠のいのちを得させようとしておられるようです。

 

 自然とともにあって自然の恵みを味わい自然を愛し、また、自然の脅威に神を恐れる日本人を養い育てた国、神とともにある国柄の日本列島の、かつて大阪万博を開催した大阪において、神は人類にいのちを知らせ、霊によって、生けるまことの神を知るように、救いの御手を差し伸べておられるようです。

 

 神の優しい霊、愛と癒しと慰めと平安の感覚を味わい、霊的感性によりいのちの喜びを味わう。そして、目に見えない柔らかで優しく暖かで静かな愛、すなわち、神の霊に触れられる体験をさせて、神御自身の存在を一人ひとりに現わそうとしておられるのではないでしょうか。

 

 自然とともに生かされているいのちの存在、神という概念を持たない人でさえ目に見えない存在を意識するような霊のつながりを感じ、そして、地球のいのちの一部分である自分と、ひとつのいのちによって繋がる世界、またいのちの星地球と宇宙をすっぽりと包み込んでいる不思議な力を知り、霊的感覚によりいのちを捉える体験を通して、宗教の枠を超えた信仰、ひとつのいのちの信仰が芽生えるように、神が用意された「いのちの空間」なのかも知れません。

 

 中に入った多くの人たちが、新しい心で出て行きます。

 母の胎から生まれた子どものようです。

 

 しかし、胎内の子は流産の子もいれば、死産の子もいます。また、生まれた後でうまく育たないで死んでしまう子もいます。

 いのちの空間の中で、神は、霊の子を生まれさせたいと望んでおられるのでしょう。

 

 大屋根リングのいのちの空間に神の御霊が注がれて、霊の思いが開かれ、霊の思いによって生きる人たちが起こりますように。

 母の胎内のように、霊によって生まれる子のいのちを育み、いのちを思う思いを得る人が、生かす御霊のいのちを受ける器となるために整えられますように。

 

 大阪・関西万博は、人間から出た事業ですが、背後には、いのちを得させたいと望まれる神の存在があるようです。

 

 「あなたがたが主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くにおられるうちに呼び求めよ。

 悪しき者はその(悪い)道を捨て、正しからぬ人(潔白ではない人)はその思い(曖昧な灰色の部分、迷い)を捨てて、主に帰れ。

 そうすれば、主は彼にあわれみを施される。

 われわれの神に帰れ。

 主は豊かにゆるしを与えられる。

 わが思い(神の御思い)は、あなたがたの思い(人の思い)とは異なり、わが道(神の道)は、あなたがたの道(人の道)とは異なっていると主は言われる。

 天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ55:6-9)

 

 いのちの空間が祝福されますように。

 悪しき霊の働きを封じ、悪しき霊から守られますように。

 神の霊の御力が現わされますように。

 神の御霊が満ち満ちて、愛を豊かにお注ぎください。

 魂に癒しと慰めと安らぎを、いのちに喜びがありますように。

 いのちを得る人たちの上に、いのちの恵みが留まりますように。