ふしぎないのち

神が働く不思議な体験

信仰の土台

 

  人々は、多くの不思議や奇跡を行うイエスを、エリヤだとか、エレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っていた。イエスは弟子達に言われた。

「あなたがたは、わたしを誰だと言いますか。」

 

  シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」

 

  するとイエスは、彼に答えて言われた。

  「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。

  ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロ(岩)です。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれに打ち勝てません。

  わたしは、あなたに天の御国の鍵をあげます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天でも解かれています。」

 

  イエスが神の御子キリスト(唯一の救世主)であることは、天の神によらなければ、知ることが出来ません。人がどんなに口酸っぱくして教え込もうとしても無理です。これは次元の違う教えなのです。この世の人には捉えられないことです。この世の教えではないからです。人間の教えではありません。地の知識ではなく、天の知識です。

 

  この世に役立つ知識ではないので、この世の人々は蔑みます。しかし、天に帰る人々、天上の人々には、なくてはならない重要な知識です。この知識が、天国に国籍を持つ天で生きる人になる唯一の鍵だからです。

 

  心の低い者、悲しむ者、柔和な者、義に飢え渇いている者、憐れみ深い者、心のきよい者、平和をつくる者、義のために迫害されている者、愛ある者達に、知恵が与えられ、天の知識が開かれるのです。この知識は神に啓示され、恵みによって受け取ることが出来ます。

 

  神と契約を結ぶユダヤ民族は、アブラハム、イサク、ヤコブの神、先祖の神を信じ、メシアを待ち望んで来た民族です。神は彼らにメシアを遣わすことを約束しておられたからです。ユダヤ人のイエス・キリストがメシアである、という信仰の告白は、神が約束しておられたメシアを確かに受け取りました、という証印でもあります。

 

  神の約束が成就したこと、神が真実であることの証です。彼らはヤコブの子です。「ヤコブ」は「かかと」と言う意味の名前です。彼らユダヤ人がイエスがメシアであると言う信仰の上に立つのです。かかとが堅く立つと、キリストのからだは完成します。

 

  このかかとを土台に、キリストのからだは建て上げられて行くのです。キリストのからだとは、教会のことです。キリストのからだは、ハデス(永遠に燃え盛る裁きの火)の門に入ることがありません。かしらであるキリストが、死に勝利をとられたからです。死から甦られ、復活のからだ(霊のからだ))のキリストは、燃やされることはありません。肉が無いので、燃えるものは無いのです。肉から切り離された霊は、神のもとに集められます。

 

  キリストは、このかかと(神と契約を結ぶユダヤ民族の信仰)の上に建て上げられる復活のキリストのからだに、天の御国の鍵を与えられます。地上でつなぐものを天につなぎ、地上で解くものは天においても解かれるのです。つまり、地上で復活の力をいただく新生した霊的教会が救いにつないだものを天に帰る魂とし、霊的教会(御霊)が地上で赦したものの罪は天の神にも赦されるのです。

 

  肉に属する地上の教会に与えられた約束ではありません。肉が砕かれ、霊とまことによって神を拝しキリストにつながる霊的教会(御霊の教会)に約束されたことです。

 

  初代教会は、聖霊の注ぎを受けた弟子達を立てて、聖霊が生んだ教会です。聖霊の力によって癒しや奇跡が起こるという神の不思議を信じる教会で、キリストの復活の力が与えられており、神の不思議な力を信じ従う教会です。天の神の知識が開かれた教会なのです。

 

  パウロは言いました。

  「私達は神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。

  しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。というのは、誰も、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることは出来ないからです。その土台とはイエス・キリストです。」

 

  土台はイエス・キリストです。イエス・キリストの信仰です。父を愛し、父に従う信仰です。その土台は、ペテロの告白「イエスは、生ける神の御子キリストである」という信仰の告白とともにあります。

 

  これは、天に引き上げられる霊的教会の土台です。イエス・キリストの信仰と「イエスが神の御子キリストである」という告白以外の土台は無効です。

 

  どんなに熱心に神に仕えても、また、教会に仕えても、この土台のないものは天上の教会の中にいないからです。

 

  天上の教会は、霊的教会です。肉的教会ではありません。肉は、この世に属するものだからです。

 

  パウロは言います。

  「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。もし、誰かが神の神殿を壊すなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。」

 

  聖なる神の神殿、正しい土台に立つ神のしもべを神御自身が守られて、その信仰を握りつぶす者があれば、神がその者を滅ぼされる、というのです。

 

  神が用意された信仰の土台に建つ神の神殿によって、天で生きる復活のキリストのからだが建て上げられるのです。

 

 

    著書 『人はどこから来てどこへ行くのか』鍵谷泰世著 (青い表紙の本)

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